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「現実がSFじみてきた」 NHKの考える未来の放送技術

ITmedia LifeStyle 7月13日(水)16時44分配信

 毎年5月下旬に行なわれる「技研公開」(NHK放送技術研究所の一般公開)は、映像・放送に関する世界最先端の研究が披露される場として知られているが、4K/8Kで賑わってきた過去数年と異なり、今年は裸眼立体が主役に踊り出たと“最先端を知る男”麻倉怜士は語る。現実の映像技術研究が、いよいよSFじみてきた。

奥行き圧縮は、インテグラル立体映像の物理特性である被写界深度の浅さを克服するアイデア

麻倉氏:毎年春恒例のNHK技研公開も今年で70回目を迎えました。今年は例年にも増して8Kを中心とした実に興味深い展示がてんこ盛りです。

――とはいうものの、昨年と比較すると今年の技研公開で8Kの比率は減っているように感じましたが

麻倉氏:例年と比べても“8Kの次”を強く意識した展示だったといえますね。私の見立てでは、今年の特徴は「立体テレビが次世代の本命に登場」「8Kワールドがより高度化」「ネットを核にした新しいテレビ体験」の3点に集約されると感じました。技研公開の総括として、今回は立体テレビと新しいテレビ体験を、次回ではいよいよ一般家庭が視野に入ってきた8Kワールドをお話しようと思います。

麻倉氏:今年の技研公開も、8Kスーパーハイビジョンやインターネット活用技術など、近未来の放送技術が様々提示されました。ですがまずは何と言っても、インテグラル立体テレビの扱いが非常に大きくなったのが極めて象徴的です。

――昨年の展示と比較して、立体映像関連の技術が目に見えて増えましたね

麻倉氏:そろそろ8K試験放送を始めるNHKですが、次世代放送として2030年にインテグラル方式の裸眼立体放送をという計画を読み取ることができます。そのインテグラル立体映像、従来は研究段階のものを地下で地味に見せていました。地味ながらも着実に開発具合が分かりましたが、今年はなんと1階エントランスホールに“浮上”し、4つあるメイン展示の一角に食い込んできたのです。これはかなり大きなトレンドではないかといえるでしょう。まさにマイナーならメジャーへの大転身です。

――エントランスに立体映像技術が出てきたのはかなり驚きましたが、同時に「なぜ今、立体技術が表舞台に?」という疑問も強く感じました

麻倉氏:それは、ここが放送技術研究所であることが大きな理由といえるでしょう。これまで映像における最重要項目は8K技術でしたが、8Kはついにこの8月から放送が始まるという実用化段階まで開発が進みました。そうなると未来技術として、ポスト8Kに相応しい開発対象が新たに必要になります。そこでNHKが考える映像のフロンティアとして白羽の矢を立てたのが立体映像放送だったという訳です。

――なるほど、立体技術を一番目立つところに置くことで「8Kの次に来るミライテクノロジーは16Kではなく立体テレビ」ということを明確に指し示した訳ですね

麻倉氏:今回の立体映像は従来からのレンズアレイを使ったインテグラル立体テレビのみではなく、ホログラムを使った立体表示展示が同時にあり、技研が立体技術に対して力を入れていることがとても良く分かりました。

 立体映像というと数年前にメガネ式がブームになりましたが、メガネのうっとおしさや画質的問題点など、さまざまな要因があって定着しませんでした。裸眼立体に関しても、今の技術では解像度が低いため実用レベルには達していません。ですがNHKは微小画像をレンズアレイで投影して合成光で結像させる方式をまじめに開発しています。

――実用化された立体映像といえばメガネ方式テレビに採用されているシャッター型や映画で用いられる偏光型のメガネ方式の他に、「ニンテンドー3DS」で採用されている視差バリア方式というものがあります。あれは原理的に視聴ポジションが正面に限られるという制限があるため、ゲーム機やスマホといった個人用の小型ディスプレイに用途が限られますね

麻倉氏:このように立体映像はさまざまに開発されてきており、これまでの技研公開でもいろいろなアプローチが試みられてきました。しかしこれまでの前進度合いは微々たるもので、8Kのオリジナル発光体を使っていても映像は暗く解像度が低かったため、なかなか実用化までの道のりが見えませんでした。対して今回はさまざまな切り口でインテグラル立体テレビを作るという方向性がかなり見え、大きく前進したと評価できるでしょう。

麻倉氏:では、今回披露された立体技術を見ていきましょう。まずは先ほど話題に上がったレンズアレイを基礎とした多視点によるインテグラル立体映像方式です。中でも面白かったのが、撮像時にレンズアレイを使わず、単体カメラを平面スキャナーの様に動かすことで広視野角を確保したという方式です。現時点では静止画ですが、従来に比べて視野角が28度から40度へと大きく増えました。表示は4Kプロジェクター4台、8Kプロジェクター1台の合計5台で、従来に比べてかなり明るいものです。投影時に用いるレンズアレイの干渉によるモアレなどの問題があって映像はやや見辛いですが、去年までに比べると明るさが稼げてきたという点は大きいですね。

 もう1つ面白かったのは、再生時にレンズアレイを使わず、光のビームを任意の方向に曲げることでレンズアレイと同等の効果をつくる自分割方式です。この方式の特長は、例えば偏光デバイスの間隔を狭めるとか出力を上げるなどといった工夫が可能なことで、こういった制御操作でより効率的な3D表示が見えてきます。時期的には2030年にレンズアレイ方式インテグラル立体放送が、その10年以上後に偏光デバイスを使った自分割式が出てくるかといったイメージでしょう。

 インテグラル立体映像そのものの改良もかなり進んでいます。奥行き圧縮技術は象徴的な技術ですね。多視点映像は基本的にピントが合焦する範囲が狭いという特性がありますが、テレビは基本的に画面全域が合焦しているパンフォーカスメディアです。ピント山が狭い(ピントの合う範囲が狭い)とテレビの感覚としては困る訳です。そこで出てきたのが、ピント山を拡げるという正攻法ではなく「被写界深度が浅くとも奥行きが何となく理解できるレベルで見えればいい」という逆転の発想です。

――これはなかなかユニークな考え方ですね。全く新しいメディアなので、今までの常識とは異なるメソッドも確かにありえるでしょう。しかし奥行きを圧縮するということは被写体を意図的にゆがめる訳ですから、視聴者が違和感を覚えるのではないですか?

麻倉氏:今回の展示はまさにそういった疑問に対する実験ですね。教室に置いてある花のみにピントが合っていて後はボケているという映像が用意されており、奥行きパースを圧縮することでピント範囲を大幅に拡張することができるとしていました。心配される奥行きの歪感ですが、人間の知覚特性にもよるところで、意外と大丈夫ということが確認されました。こういった技術アプローチもこれから増えてくることでしょう。

麻倉氏:ここまではインテグラル立体テレビ関連の技術でしたが、ホログラフィーを使ったレンズレス立体表示技術も立体テレビの可能性として研究されています。ユースケースの展示として、スポーツ中継で2Dのサッカー場をそのまま立体化し、その中で選手が動くといった古典的な方式が提示されていました。

――ホログラム立体映像というと「スター・ウォーズ」シリーズのレイア姫が有名ですが、今回はまだあのような動画技術の試作展示はありませんでした。ですが静止画ではかなり高解像度で立体感の強いものがありましたね。あちらは銀塩フィルムを使用したものでした

麻倉氏:立体映像、特に今回提示されたのは、映画から始まった垂直方向の平面スクリーンに2次元映像が表示され、それを離れた位置で観るという、これまでのスタイルとは全く異なるものです。先程言ったサッカー場の提案では、ホログラムを使うことで上方や横側など、さまざまな角度から観ることができます。これはインテグラル方式では不可能なことです。映像の体験が全く違う次元に進むことが感じられ、将来に向けて面白い世界が広がってゆくことが分かりますね。

 また、今回の展示にはありませんでしたが、最近盛んなVR技術も立体映像と親和性が高いですね。これらは「Google Glass」やマイクロソフトの「HoloLens」といったメガネデバイスを用い、周囲を強制的に遮断して3D映像を投影し別世界をつくるのですが、最大の問題点はやはりメガネ型デバイスを使うことでしょう。その点インテグラル立体テレビやホログラムはメガネ不要です。ディスプレイと視聴者という従来のテレビ的なスタイルで、システム構造を変えずに8Kから立体化へ向かうというメッセージが見えました。

――立体テレビは実に未来を感じさせる技術展示が目白押しでしたが、近い将来のテレビ技術はどうだったでしょうか?

麻倉氏:ではここからは、新しいテレビ体験に関する技術展示を見ていきましょう。まずは制作側の話として、スマートプロダクション技術です。これはSNSに出てくる写真や音声情報、文字情報を基に、ニュースを探すというものです。例えばTwitterで流れてきた雷や雨という情報に対して、天候異変が起きていると考えられるのでそこへ取材に行き、そのニュース素材をマルチスクリーンのみならず、手話や簡素な日本語に直す、などといったものです。番組を作る段階でのネタ探しから視聴者へのデリバリーまで個別に対応する、これも1つの新しいテレビ体験でしょう。

――ネット上の情報は伝達速度が速いですが、一般的に信憑性に関しては劣ります。この点をどう解決するかが肝ですね

麻倉氏:インターネット活用に関しては、もう少し違ったアプローチも試みられています。例としてはテレビ番組で見たお店の近くを通った時に、情報をスマホへ表示させるというものです。これも通信と放送の各コンテンツをマッチングさせることによる、1つの新しいメディア体験ですね。通信時代における放送の生き残り方の1つと言えます。

 こういったネット技術の中で面白いと感じたのは、タイムシフト試聴でいかに番組を見つけるかというものです。これはかなり現実味のある話でしょう。現代のタイムシフト環境でかなり理想に近いものは全録レコーダーですが、実は全録から目的の番組を探すのはかなり大変です。

――東芝の「REGZA」(レグザ)やPTPの「SPIDER」などは、こういった全録環境におけるキュレーション(オススメ・提案)技術を熱心に開発していますね

麻倉氏:今回提案されたのは「タイムシフト環境における番組発見行動」という、全録クラウドから番組を探す実験で、内容は4年間分の全番組情報の中で観たい番組を被験者に探してもらうというものです。4年間分の全録ともなると番組カタログがあまりに膨大なため、手がかりが何も無いと視聴者自身が「何を観たいか」さえ分かりません。

 そこで有効なのが、映画の予告編のように数十秒単位で各番組をつまみ食いしつつ、その中から面白そうなものをチョイスしていくザッピングです。ザッピングの方法として考えられるのは、時間単位で無差別にピックアップする、あるいはキーワードや出演者によるピックアップなどです。こうやって大量のカタログの中からある程度面白そうなものをリストアップするのです。

 今回は時間単位で無差別、番組情報タグを入れて、さらにキーワードタグを入れてという、3つのケースで興味のある番組を見つけてもらうユーザー調査をしました。当然ですが後者になるほどチョイスした番組に対する興味率が上がるという結果になりました。

 この実験は「これまでの映像アーカイブをどう活用するか」というビジネスへ発展する可能性を秘めています。例えばアーカイブ番組の高画質化を考えてみましょう。今の番組ではなく、自分の趣味嗜好に合わせたものを膨大な過去番組からチョイスしていくことで、エアチェック時代のオリジナルテープのようなものができあがります。こういったオリジナルプレイリストをザッピングで作るというのは新しい考え方ですね。

――全録に関して以前「パーソナルVODマシン」と表現しましたが、こういった技術があればその真価が発揮されてテレビライフがずっと豊かになりそうです

 次回は8Kスーパーハイビジョンに関する話題をお届けします

●麻倉怜士氏プロフィール

1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」にて副会長を任され、さらに津田塾大学と早稲田大学エクステンションセンターの講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“4足のワラジ”生活の中、音楽、オーディオ、ビジュアル、メディアの本質を追求しながら、精力的に活動している。

●天野透氏(聞き手、筆者)プロフィール

神戸出身の若手ライター。「デジタル閻魔帳」を連載開始以来愛読し続けた結果、遂には麻倉怜士氏の弟子になった。得意ジャンルはオーディオ・ビジュアルにかかる技術と文化の融合。「高度な社会に物語は不可欠である」という信念のもと、技術面と文化面の双方から考察を試みる。何事も徹底的に味わい尽くしたい、凝り性な人間。

最終更新:7月13日(水)16時44分

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TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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