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第二のふるさと城端で 故・永六輔さんをしのぶ/富山

チューリップテレビ 7/13(水) 10:10配信

 放送作家でタレントの永六輔さんが、先週木曜日、亡くなっていたことが分かりました。
 83歳でした。

 永さんは、南砺市・城端の風情が好きで、よく訪れていたといいます。
 永さんと交流していた人たちが、懐かしい思い出話を語ってくれました。
 永六輔さんは、TBSラジオで長くパーソナリティーを務めたほか、坂本九さんの『上を向いて歩こう』や『見上げてごらん夜の星を』など、大ヒット曲の作詞でも知られ、幅広い分野で活躍していました。

 「永六輔は、ただのパーキンソン病じゃない。永六輔は、パーキンソン病のパーキーソン(キーパーソン)だ」(永六輔さん)

 2010年にパーキンソン病と診断され、闘病生活を送りながらの活動が続いていましたが、今月7日、亡くなっていたことが分かりました。

 そんな永さんが、“日本一好きな祭り”として周囲に話していたのは、南砺市の城端曳山祭です。45年ほど前に初めて見てから祭りの“とりこ”となり、以来、病気を患うまで、たびたび城端を訪れました。その時、永さんを案内していたのは、城端曳山祭保存会・会長の大西正隆さんです。城端曳山祭の情緒あふれる庵屋台や庵唄が、浅草生まれの永さんの心に響いたのかもしれないと話します。

 「『この城端の祭り・街並みの雰囲気は“小江戸”だよ!』って言われて。何しろ、『“小京都”っていうのは“小江戸”にしなさい』っていうような雰囲気がありましたね。城端独特のものがずっと残っていることが、やっぱり好きなんでしょうね。だから、『“小京都”なんて言うなよ。“小江戸”だよ』って言われて」(城端曳山祭を案内・大西正隆さん)

 城端の曳山祭をこよなく愛した永さんは、この祭りがいつまでも続いてほしいと願っています。

「怒られたことがありますね。街並みを、国道拡幅で広くした時に、『いや~、大西さん。あの狭い雰囲気が祭りとマッチするんだよ。こう大きくなったら…』って言われたことがあって。そしてそのあと、祭りを見られたら、『あ~。これもまたいいのか』って言われて。その時はドキッとしましたね」(大西さん)

 そして、永さんと親友のように親しかった、石の彫刻家・岩城信嘉さん。
 8年前に信嘉さんが亡くなるまで、よく家に泊まりに来たと妻の阿喜子さんは話します。
 
 「本当に、自分の家みたいに。自分のうち以上に楽しかったんやろうね。にぎやかでしたよ、本当に」(親友岩城信嘉さんの妻・岩城阿喜子さん)

 城端別院善徳寺では、永さんの発案で落語会が開かれました。本堂には多くの人が集まり、座る場所が足りなくなって、立ったまま話を聞く人もいたといいます。永さんと信嘉さんは、城端や東京で頻繁に顔を合わせたほか、何かあるたびに手紙でやりとりをするほど深い仲でした。焼き物を作ったと、永さんがプレゼントしてくれたこともありました。

 「40年ほど前に戻ってもう1回、みんなで楽しくしたいね、ということを言いたいですね。戻れるもんなら、本当に戻って…戻りたいですね。でも、一生懸命この人もしてこれられたから、やっぱり少し休んで、奥さんの方へいかれたら、とも思うし」(阿喜子さん)

 第二のふるさと・城端には、永さんとの思い出がつまっていました。

チューリップテレビ

最終更新:7/13(水) 10:10

チューリップテレビ