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AIで働く人々は幸福になれるのか

EE Times Japan 7月14日(木)11時36分配信

■AIが社員を幸福に?

 「上司のBさんに会うのは、午前中がオススメです」

【「今回発表した技術の概要」などその他の画像へ】

 職場での会話や時間の使い方など、職場での幸福感を高めるためのアドバイスを、人工知能(AI)が当たり前のように行ってくれる時代がやってくるかもしれない――

 日立製作所は2016年6月、AIを活用し、働く人の幸福感向上に有効なアドバイスを、各個人の行動データから自動で作成する技術を開発し、日立グループの営業部門に所属する約600人に対して、実証実験を開始したと発表した。

 今回の発表に伴い、ソーシャルメディア上ではさまざまな反響が見られた。「良いサービス!」「いっそAIが上司になってくれ」「これって、機械に人間が使われる状態じゃない?」など、AIに対する期待と不安の声が混じっている。

 実際のところ、AIは私たちの幸福感を高めてくれるのだろうか。そこで、日立製作所の研究開発グループで技師長兼人工知能ラボラトリ長を務める矢野和男氏のインタビューから、AIを活用した新技術の詳細について紹介する。

■幸福感は1人1人違う

EE Times Japan(以下、EETJ) 実証実験を開始した技術、狙いについて、あらためて教えてください。

矢野和男氏(以下、矢野氏) 名札型のウェアラブルセンサーから個人の行動データを取得し、2015年に発表したAI技術「Hitachi AI Technology/H」(以下、H)」を活用して、幸福感を高めるためのサービスを展開している。AI技術を活用したサービスは2015年から始めており、既に13社で実証実験、またはシステム導入を行っている。

 今までは、ウェアラブルセンサーで取得したデータをHで分析し、マネジメント層を支援するためのレポートとして顧客に提供していた。コールセンターにおける実証実験では、従業員の平均幸福度が高めの日は、低めの日に比べて受注率が34%高いことが明らかになっている。つまり、組織の活性度、幸福度が、生産性に大きく影響することが実証された。今回の発表は、より1人1人の幸福感向上にフォーカスしている。

EETJ 行動データとは、どのようなデータですか?

矢野氏 ウェアラブルセンサーには、赤外線センサーと加速度センサーが搭載されている。赤外線センサーは対面情報を取得し、「誰と誰がいつ、何時に会っているか」を検知する。加速度センサーでは、身体の動きを取得する。例えば、デスクワークをしているかなどの状態を検知する。人と会っている時であれば「話し手」か「聞き手」かどうかなどのデータも取得する。

EETJ 収集したデータをHで分析するのですね。

矢野氏 大量のデータを収集後、Hで分析を行い、スマートフォンを通して自動でアドバイスを行う。コンピュータがアドバイスしているように見えるが、全て過去のデータが行う。既に起きたエビデンス(証拠、根拠)を基に、フィードバックを行うのだ。

 大事なことは、同じ職場でも、隣に座っている人でも、幸福感の答えは違うことだ。現行の人事施策や自己啓発本は、「こうやればいい」と皆が同じことを前提にしている。そんなことはない。各個人によって、得意なこと不得意なことがあるし、経験も違えば、担当する業務も違う。一律の答えがあること自体、おかしいのではないだろうか。

 1人1人の行動には、さまざまな痕跡が含まれている。その細かい部分を人間だけで把握するのは不可能なので、データを用いてアドバイスすることを提案している。

■行動の多様性が高いほど、幸福感が高い

EETJ ウェアラブルセンサーで検知した人の動きは、どのように幸福に結びついているのでしょうか? 例えば、「しゃべっているときに、○○の動きをすると人は不快に感じる」のようなパターンがあらかじめ、データベースに入力されているのですか。

矢野氏 それは違う。本人も気づいていない、幸せな人に共通する無意識的で精密に決まっているパターンから、共通に計測できる。

 当社は、長期にわたって、ムードが悪くなったり、充実感を感じていたりする際に、人間がどのような反応をするかを大量に分析してきた。10個の組織、468人に幸福感に関する20個のアンケートを行った。アンケートを組織ごとに平均化し、その組織が幸せかどうかを数値化する。そして、468人にウェアラブルセンサーを長期間着けてもらい、体の動きを検知すると、行動の多様性が強いほど、組織での幸福感が高いことが分かった。

 具体的には、幸せな人は「短い動き」と「長い動き」が混じっていた。逆に、あまり幸せでない人は、バラつきが少ないことが分かった。1回動き出したら、10分くらい動かないとか。つまり、瞬間ごとの幸福感は分からないが、1日分のまとまったデータで「短い動き」と「長い動き」が混じりあっているかを見ると、その人や周辺の人々が幸せなムードに包まれているかどうかが分かる。

 「じゃあ、たくさん動けばいいの?」「動いている人が、止まっている人より幸せなの?」と聞かれるが、そんな簡単に幸せにはなれない(笑)。非常に無意識で微妙なパターンから検知しているので、意識的にそのパターンを変えることは基本的にできない。

■AIアドバイスまでは1カ月間必要

EETJ 発表資料によると、Hが行動データを分析して、アドバイスしてくれるようになるまでには、ウェアラブルセンサーを着けて1カ月の期間が必要だとありました。

矢野氏 幸せなムードに包まれているかどうかは、1日分の行動データがあれば分かる。しかし、どのような行動をすると幸福感が高まるかは、1日分の行動データだけでは分からない。曜日によって、業務や会う人に違いがあるからだ。1カ月間の行動データがあると、「水曜日の会議は、皆の幸福感が下がっている」とか、「上司Bは午前中に会うと良い」などの事象がはっきりと現れるので、それをHで自動解析する。行動データは日々更新し、蓄積されていくので、環境の変化が起こったとしても対応できる。

EETJ ウェアラブルセンサーを首にかける抵抗感はないのでしょうか?

矢野氏 これは難しいところで、「全くない」といったらうそになる。しかし、「重たい」「邪魔だ」と思われるかどうかは、最終的にどんな効果が得られるかとの比較になる。今回の場合、「自分の幸せのために、行動データを活用する」といったように、どんな効果が得られるかが非常に分かりやすいため、問題ないと考えている*)。

*)ウェアラブルセンサーで検知した個人のデータは、所属企業には公開しない。ただ、「1時間以上の会議は、20%幸福感が下がっている」といったレポートを、個人を特定しない形で企業側に提供する場合があるという。

EETJ ウェアラブルセンサーは社員証と一体化できそうですし、スマートフォンをウェアラブルセンサー代わりにも使えそうです。

矢野氏 社員証との併用は、可能性として大いにある。スマートフォンは既に多くの人が持っており、加速度センサーも搭載されているので、技術的には問題ない。しかし、机に置いたり、かばんに入れたりする人も多いため、運用面で課題があるだろう。

■自動で学習し、“賢く”なる

EETJ AIが再びブームとなっています、Hの特徴はどこになりますか?

矢野氏 当社のHは、データから自動で学習し、“賢く”なる。特徴は3つあり、1つ目は、アウトカム(目的)と入出力を人間が定義することである。今回の場合、アウトカムは、「1人1人の幸福感の向上」である。アウトカムを基に、関連データを入れていくことで、Hが自動で学習していく。2つ目は、人の仮説や問題特有のロジックは入力不要なこと。3つ目は、既存システムに追加し、動作できることだ。

 下記の映像は、Hで制御したロボットがブランコをこぐまでの過程である。Hはロボットは膝の曲げ伸ばしを制御できるが、どうやってブランコをこぐかといった知識は一切入れていない。アウトカムを「振幅を大きくすること」と設定。Hは、さまざまな膝の曲げ伸ばしのタイミングから自動で学習し、数分でこげるようになる。

■汎用性を持つH

EETJ 特徴の2つ目「人の仮説や問題特有のロジックは入力不要なこと」がよく分かりません……

矢野氏 今のブランコをこぐまでの数分の間でも、膝の曲げ伸ばしのデータが何万個も存在している。このようなビッグデータの問題は、“結果のデータ”が少ないことである。つまり、何万個のデータの中でも、重要となる指標は数百個しかないのだ。

 機械学習やディープラーニングなどは、何万個のデータ全てに良かったのか、悪かったのかといったラベルを付けていく。これらの技術は画像解析などに有効だが、ビジネスシーンにおける重要な指標は、結果のデータが極端に少ないため、適用が難しい。

 当社は、大量の複合指標の生成と、その中から少ない重要な指標を自動で絞り込む処理を行う「跳躍学習」技術を開発した。跳躍学習は、強化学習の分野になる。しかし、現行の強化学習は、結果のデータが少ないことに対応できていない。また、特定のニーズに特化してプログラムを開発しているため、汎用的でない。

 Hは、非常に汎用的に作られているため、14分野57案件で活用されているが、全て同じプログラムを活用している。これにより、機械学習やディープラーニングにおいて必要だった教師となるデータ、報酬ロジックなどが不要となっている。

■共創の場を

EETJ 2016年6月には、100億円規模のIoTやAIを重視した新しい研究棟を建設すると発表しています。最後に、今後の研究開発の方向性について教えてください。

矢野氏 新しい研究棟は、顧客との“共創の場”にしていきたい。基本的な生活のインフラが整った今の社会で、従来の大量生産大量消費といった方法は成り立たなくなってきた。現在の社会は求められることが多様で、時間軸でみても非常に短くなってきている。そのため、顧客に寄り添って、需要のある研究開発を一緒にしていきたい。

最終更新:7月14日(木)11時36分

EE Times Japan

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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