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元の暮らしいつ 自宅脇にプレハブ 家族寄り添い 熊本地震3カ月

日本農業新聞 7/14(木) 12:30配信

 関連死を含め、死者75人を出した熊本地震の発生から14日で3カ月。長期に及ぶ避難生活、倒壊した住環境への不安に、降りしきる雨が追い打ちを掛け、農家の疲弊は日増しに募ってきた。熊本県内では4800人以上が今も避難所生活を続けているが、車中泊や自宅の敷地内で寝泊まりを続ける人もおり、全容は把握できない。業者不足で自宅や納屋の解体は進まず、被災農家からは支援を求める声が上がっている。

進まぬ家屋解体 行政へ声届かず

 「3カ月たっても何も変わらない。目に入らない所はむしろ、ひどくなっている」。益城町平田で村上優一さん(47)と共に、スイカ2ヘクタールと米1.4ヘクタールを作る純子さん(41)がつぶやいた。「本当に伝えてほしい悲惨な状況が放送されない。一分でもいいからこの現実を中継してほしい。選挙報道や他のニュースに熊本がかき消されていくみたい」と声を震わせる。

・大雨、突風・・・ 二次災害懸念

 2度にわたる震度7の揺れを受け、木造の自宅と納屋は倒壊、解体が進まず今も崩れかけたままだ。「これ以上、突風と大雨が続けば、崩れてしまう。二次災害にもなりかねない」。近所の子どもも通る所だけに「既に命が危険にさらされている。被害が出てからでは遅い」と町や県に解体を訴えるが、業者不足でその声すら届かない。

 震災直後は満員の避難所に入れず、ビニールハウスで寝泊まりしていた。高温多湿の環境で、どこからともなく入ってきた雨水が布団をぬらした。「ママ、こっちおいでよ」。気を使う高3と小4の娘を抱き締めて眠った。「家族全員でいられるだけで幸せ」。そう思っていた。だが、時間がたつにつれて、疲労と不安が募っていった。

自前で避難も 蓄えが底付く

 目下の悩みは、住居の確保だ。仮設は当てにならず、自宅の敷地内に軽量鉄骨でプレハブ小屋を建てた。15畳一間に家族5人が身を寄せる。

 「スイカの授粉など40度を超えるハウスの中で日々、生きるか、死ぬかでやっている。結局は2重ローンを組まないといけないのか」と優一さん。国から義援金はまだ払われず、今季のスイカの収入が入るのは早くても秋口だ。プレハブ建設や電気工事費など200万円ほどかかり、蓄えがなくなった。家族を気遣い、高3の娘は「大学受験を諦める」と言いだした。

 最近は、避難生活の長期化に伴って冷たい視線も感じるようになった。避難所に炊き出しの弁当をもらいに足を運ぶと、「農家はいいね。売れば金になるでしょ。熊本のスイカは高いでしょ」。心ない言葉が飛んできた。

 自慢の米は、つぶれた納屋の下に埋まったまま取り出せない。米を作る農家が支援物資の米で食いつないでいる現実――。「避難所で生活していれば1日3食確保できる。でも、自主避難者は食事だって自ら調達しないといけない」と純子さん。

 大雨が降れば部屋中に雨音が響く。睡眠導入剤を飲むが、寝たのか寝ていないのか分からない。「仮設に入居する条件、義援金の支給条件も人によって違う。同じ被災者なのに格差が生まれている」と感じる。

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最終更新:7/14(木) 12:30

日本農業新聞