ここから本文です

亡き先輩ビアンキの教えを胸に、フェラーリをドライブ「父のような存在だった」

オートスポーツweb 7月14日(木)9時0分配信

 フェラーリの育成ドライバーであるシャルル・ルクレールは、長年の先輩であり、父親のように慕ったジュール・ビアンキを失った悲しみは、いまだに癒えないと語った。

ビアンキへの思いを胸にフェラーリデビューを飾ったルクレール

 イギリスGPのフリー走行1回目でハースからF1公式セッションデビューを飾ったルクレールは、その4日後にシルバーストンで行われたインシーズンテストでフェラーリをドライブした。

 ルクレールは午前中に17周走行したものの、午後はパワーユニットのトラブルと生憎の雨によって1周しか走行できなかった。
 
 18歳のルクレールは、昨年レース中の事故がもとで亡くなったビアンキに、いまも励まされていると言う。

「僕が本当に本当に小さいときからビアンキとは知り合いだったんだ。彼は僕にとって父親のような存在で、レースにおける大半のことを彼から教えてもらったよ。いつも支えてくれていた彼を失って本当に辛いんだ。彼の助けがなくて本当に寂しいよ」

「僕に、たくさんアドバイスをしてくれた。彼が教えてくれたことすべてが胸の中にある。彼が注意してくれたようなミスをしないように努めているんだ」

 ビアンキもまたフェラーリ・ドライバー・アカデミーの一員であり、未来のフェラーリドライバーになることを期待されていた。

 フェラーリ・ドライバー・アカデミーが2009年に設立されて以来、そこからフェラーリのレースドライバーは誕生していない。だが、ルクレールは将来その赤いマシンのシートを獲得できるかもしれない。

「もしビアンキがあのようなことになっていなかったら、いつか彼はフェラーリのドライバーになっていただろうね。それだけの才能があったから」とルクレールは語る。

「でも、いつか、あのアカデミーから確実にトップチームに昇格するドライバーが出てくると思うよ」
 
 わずか18周の走行だったが、ルクレールは初めてフェラーリを駆った経験は「とても特別だった」と述べた。フリー走行でハースをドライブしたことと、テストでフェラーリに乗ったことは「まったく異なることだ」という。

「フリー走行でハースを運転したけど、あれは、ほとんどチームのためだった。予選とレースが控えているので、僕は彼らのために働いた。できる限り多く走ることが重要だったんだ」

「フェラーリでのテストはフリー走行とは違って時間が長かったので、もう少しうまく計画が立てられた」

「古いパワーユニットのせいで今日あまり多くは走れなかったけど、どちらの経験も素晴らしいものだった。2台の異なるF1マシンを運転できるのは素晴らしい経験だよ」

「より多くのマシンを試して違うやりかたを知って、より多くの経験を積みたい」

[オートスポーツweb ]

最終更新:7月14日(木)9時21分

オートスポーツweb

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。