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“出版不況の中でも売れる本”を生み出す「ウェブ小説」の仕組みとは?

ITmedia ビジネスオンライン 7月15日(金)8時10分配信

 「出版不況」といわれるようになってから久しいが、景気のいい話だってある。2015年に発売された又吉直樹『火花』(文藝春秋)は、新人作家のデビュー作でありながらも芥川賞を受賞し、200万部を超える大ヒットに。この売上部数は歴代ベストセラー本ランキング30位以内に入る好成績だ。

【知らないうちに「ウェブ小説」を読んでいるかも】

 ヒット作は又吉だけではない。今年映画化された川村元気『世界から猫が消えたなら』(マガジンハウス/小学館)は累計100万部を突破。また、住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉社)も、新人のデビュー作ながら累計55万部を超え、“又吉の次に売れた新人作家”となった。同書は16年になっても売れ続け、人気作家への道を歩き始めている。

 この2作には、実は「Web発の小説である」という共通点がある。『世界から猫が消えたなら』は、“LINE初の連載小説”としてLINE上で連載された小説をまとめて出版したもの。『君の膵臓をたべたい』は、「小説家になろう」という小説投稿サイトに投稿されたものが書籍化されたものだ。

 最近の“売れている小説”の中には、こうしたWeb発の「ウェブ小説」が多くなっている。TSUTAYAなどの物流会社MPDの16年5月文芸書ランキングでは、トップ15位のうちWebから生まれた作品が5つもランクインしているのだ。

 ウェブ小説とは、基本無料の小説プラットフォーム(投稿・閲覧機能があり、投稿者と読者でコミュニケーションができる)に投稿された作品のこと。広義では、Kindle ダイレクト・パブリッシング(KDP)など電子書籍のセルフパブリッシングも含まれる。

 Webから出発したウェブ小説で、出版業界では無名にもかかわらず大ヒット。そんな夢のある作品は『君の膵臓をたべたい』だけにとどまらない。

 700万部『魔法科高校の劣等生』(電撃文庫/以下、いずれもシリーズ累計)、同じく700万部『王様ゲーム』(双葉社)、400万部『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』(GA文庫)、200万部でメディアミックスも盛んな『奴隷区』(双葉社)――もちろん“トップ層を見ているから”という部分はあるが、大きな数字が並んでいることが分かるだろう。

 ウェブ小説書籍化の代表的な版元、アルファポリスの売上高も見てみよう。12年度には14.5億、13年度には20.4億、14年度には26.6億、15年度には33.4億と、継続的に成長。売上高営業利益率も30%前後と、5%以下となることが一般的な出版業界の中では注目に値する数字を出している。

 ビジネス的にも今後より一層存在感を示してくるであろうウェブ小説業界。中でも業界をけん引するサービスが「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」だ。この3社が合同で行うセミナー「小説投稿サイトの現在」が7月6日、DeNA本社で開催された。登壇者は、各サービスの運営者と、『ウェブ小説の衝撃』著者の飯田一史。

 実はこの3社、各サービスで立ち位置やビジネスモデルがそれぞれ異なっている。紹介していこう。

圧倒的なユーザー数で広告モデルを貫く「小説家になろう」

 「小説家になろう」は、04年に出発した小説投稿サービス。当初は個人サイトとして運営していたが、口コミで徐々に利用者が増加して10年には法人化。ヒナプロジェクト運営の法人サイトとなった。

 登録者数は約80万人、投稿作品数は約40万作品。月刊アクセス数は約14億PV(ページビュー)で、月間に約700万人が利用する。「ウェブ小説といえば小説家になろう」と思われるほど存在感のあるサービスだ。利用者からは略して「なろう」と呼ばれていることが多い。「なろう系」「悪役令嬢」「婚約破棄」といった独自の文化が自然発生し、ユーザー間で定着しているのが特徴だ。

 11年から書籍化するタイトルが増え始め、16年までに計1544作が書籍になっている。『魔法科高校の劣等生』『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』『ログ・ホライズン』など、アニメ化した作品も多い。

 それだけの作品があれば、マージンで大いに潤うのでは――と思うところだが、ヒナプロジェクトは書籍化に際して一切マージンを受け取っていない。あくまでも書籍の相談は作者と出版社の間で行うべきという考えのもと、タイアップやバナーなどの広告収入だけで運営を行う。

 「IP(創作物)創出のきっかけになるプラットフォームであり続けたい」(ヒナプロジェクトの平井幸取締役)

メディアミックス積極攻勢「エブリスタ」

 「エブリスタ」は、DeNA提供の「モバゲータウン(現Mobage)」内の小説コーナーが前身。いわゆる「ケータイ小説」の投稿が多いサービスだった。10年にNTTドコモとDeNAの合弁会社としてエブリスタが設立され、サービスを開始した。

 6年間の累計作家数は141万人、出版書籍数は550。サービスを利用するユーザーは、スマートフォンが85%、フィーチャーフォンは7%と、圧倒的にモバイルユーザーが強い。

 「もともとはフィーチャーフォンユーザーが多かったが、遠くないうちにスマホが強くなるのが予想できたため、早めのスマホシフトが成功した。閲覧だけではなく、執筆も半分以上がスマホで書いている」(エブリスタの芹川太郎取締役)

 マネタイズのモデルは掲載小説の二次利用。書籍化のほか、コミカライズ、映像化、漫画原作化……と積極的にメディアミックスを行う。映像化に関しては、自社で投資をしているものも。また、コンテンツを個人が有料で販売できる仕組みがあり、そのマージンでも収益を得るというモデルをとっている。

KADOKAWAという母体を生かす「カクヨム」

 今年2月にサービスインしたばかりだが、注目を集めているのが「カクヨム」。KADOKAWAとはてなが運営するサイトで、登録ユーザー数はオープン後4カ月で7万人、約4.3万作品が投稿された。

 収益化のモデルは、「カクヨム」発の書籍出版。「カクヨム」で生まれた優れたコンテンツを、KADOKAWAの他編集部で書籍化して、その売り上げでマネタイズを図る。“紙の本を出版する”ことに関する膨大なノウハウと、どんなものでも出版できる巨大な規模の母体を持つKADOKAWAならではの戦略だ。

 初年度は書籍出版を20点ほど予定していたが、現時点で26作品の書籍化が打診されている。中でも書籍化第1号となる『幼馴染の自動販売機にプロポーズした経緯について。』やネット上で話題を集めた『横浜駅SF』には期待が集まる。

 「今後はKADOKAWA外部との連動も視野に入れている。その場合の収益モデルについてはまだ明かせることが少ないが、他出版社とのコラボでカクヨム自体の知名度が上がればいいと考えている」(「カクヨム」の萩原猛編集長)

なぜ、ウェブ小説は売れるのか

 こうした小説投稿サービスに必ずといっていいほど備わっているのがランキング機能。閲覧数や“お気に入り”などを目安に、読者からの評価がはっきりと数字で見えるようになっている。

 このランキングシステムが、ヒット作を生み出している。基本的にランキングは、キャッチーな作品が上位に行きやすい傾向がある。また、盛り上がる展開やキャラクターが描かれると、読者の反応が大きくなる。作者はそれを分かっているので、読者からの支持を得るために、よりキャッチーな物語を生み出すようになる……という循環が見られるのだ。

 ランキングに上位になっている作品は“人気作”なので、さらに読者が集まる。人気が一定数を超えると書籍化の声がかかるケースが多いため、それを目指して作者も頑張る――といったサイクルが、「小説家になろう」や「エブリスタ」では発生している。

 そうして書籍になった本は、サービス内のユーザーにとっても、書店で初めて手に取る読者にとってもキャッチーな物語となるので、「デビュー作でも大ヒット作」になるパターンが見られるのだ。

 「これまで、作家の育成とプロモーションは雑誌や新人賞によって行われていた。雑誌が不調の今、その役割を新たに果たすようになったのが小説投稿サイト」(ライターの飯田一史)

 出版社側にとってもメリットは大きい。新人賞や雑誌で新人を発見・育成するのは、コストが掛かる上に、人気が出ないリスクも大きい。その一方、ウェブ小説なら、“Webでこれだけ人気”という数字がはっきり見れて企画が立てやすく、たとえ結果が出なくても、出版社側のダメージは少ないのだ。

ウェブ小説はレベルが低い?

 このように聞いていくと、「ランキングだけで作品を選んでいくと、似たような小説ばかりが生み出されてしまうのでは?」と思う人もいるかもしれない。事実、ウェブ小説は「レベルが低い」「似たような小説ばかり」といった批判を浴びることもある。

 各サービス運営者は、ランキングについてどのように考えているのだろうか。

 「ランキングは読者の需要が分かるものだが、一方で一極化集中のきっかけになってしまう。作品数もどんどん増えていく中で、難しいがバランスを取っていきたい」(「小説家になろう」平井)

 「ランキング以外の作品への導線を増やす必要がある。作品をピックアップしてみたり、『レビュー機能』を充実させてみたりと、人気や面白さの指標を1つにしないようにしたい」(「カクヨム」萩原)

 「ランキングは悪いものではない。ただし、ランキング上位にあるコンテンツが“一番いいコンテンツ”ではないと考えている。ランキングには上がってこないものを発掘するために、ランキング外だけど読者の反応がいい作品もチェックしている。成功事例をたくさん作っていって“ウェブ小説はリテラシーが低く、文化的に価値が低いものだ”という考え方を変えたい」(「エブリスタ」芹川)

 最初に紹介した『君の膵臓をたべたい』も、実はランキングの上位作というわけではなく、読者の熱心なレビューに背中を押されて書籍化が決定した作品。小説投稿サイトが生み出す“売れる作家”は、これからますます増えていくはずだ。もしかしたら、既にあなたも気づかずに手に取っているかもしれない。

最終更新:7月15日(金)8時10分

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