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【桑田佳祐と“東京の唄”前編】日本の歌謡曲は東京をどんな風に歌ってきたのか?

M-ON!Press(エムオンプレス) 7月15日(金)18時13分配信

桑田佳祐、東京の唄【前編】

WOWOWの開局25周年を記念した桑田佳祐の特別番組「偉大なる歌謡曲に感謝 ~東京の唄」を観ながら、ふたつのことについて考えていた。

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ひとつは“東京”ということについてである。

全国の街の中で歌の舞台になっているのは東京が抜きん出て多い。戦前から戦後、そして、現代に至るまで誰もが一度はテーマにしてきたと言っても過言ではないはずだ。現に桑田佳祐の最新シングルの一曲「大河の一滴」は、渋谷が舞台だし、宮益坂という具体的な場所も登場するという”東京の唄”だ。彼が青春時代を過ごした東京が歌になっている。

歌は世に連れ、と大昔から言われているようにヒット曲と時代は切り離せない。その時々の街の景色や風俗、世の中の世相が反映されている。そういう曲が結果的にヒットしてきたと言っても過言ではない。

彼は番組の中で「還暦を迎えて自分のルーツミュージックを辿ってみようと思った」と話していた。それが「偉大なる歌謡曲に感謝」というメインタイトルになっている。その中でも、数多くある”東京の唄”を取り上げたのは、「大河の一滴」と無関係ではないのかもしれない。日本の歌謡曲が東京をどんなふうに歌ってきたのか。この番組を観た後で「大河の一滴」を聴くと、また違う聴き方もできそうだ。

それぞれの時代の東京──。

彼が最初に取り上げたのは「東京の屋根の下で」。昭和24年にヒットした曲だ。誰もが知っているJ-POPの原点のような「東京ブギウギ」で始めていないのがミソだ。今、彼が自分の音楽をどう見ているかのいくつかのヒントがここにあるように思った。

例えば、東京という街を通して彼が、今、歌おうとしていることとでも言えばいいだろうか。「東京の屋根の下」には、若いふたりが登場。“この街に住む僕らは幸せ者”と歌っている。なぜならこの街は“希望の街”だからだ。新しい生活、新しい時代、新しい夢。そこにはギターがあり音楽がある。それは、2016年の今も変わりはないはずだ。

歌の中に“なんにもなくても よい”という一節がある。今、この歌に共感する人たちにとっては、“一から始める新生活”を象徴する言葉に聴こえるのだろう。でも、当時は、日本そのものがそうだった。戦争に負け、すべてを失い焼け野原の中から戦後の復興の一歩を踏み出したのが、その頃の日本だ。そうした、東京の風景を歌った歌謡曲も数多い。

でも、彼が選んだ「東京の唄」にそうした“戦後”という匂いは強くない。今の東京に繋がる歌、今の東京にも重なり合う歌、「東京の屋根の下」は、その象徴と言える曲だったのではないだろうか。

「東京の屋根の下」には、日比谷、上野、銀座、新宿、浅草、神田、日本橋などの地名が登場する。どれも戦前から東京を代表する地区として歌や物語の舞台になってきた場所だ。ネイティブな東京と言ってもいいかもしれない。彼が綴る「東京の唄」は、それらの場所を辿るかのような曲が選ばれている。

昭和30年代から40年代にかけて、歌謡曲の大きな流れになっていたのが“望郷ソング”である。地方から東京に出てきた若者たちが、日々の暮らしの中で感じる故郷への思い。彼らが主人公になっているのが2曲目の「ああ上野駅」である。

東北地方から出稼ぎや集団就職で東京にやって来る若者たちの玄関。この歌がヒットしたのは東京オリンピックが開催された年だ。戦後最初の頂点に向かおうとする東京を支えたのが、この歌の中に出てくるような若者たちだった。桑田佳祐はこの歌に「ヨイトマケのうた」に通じる心情を託したのだと思う。2020年の東京オリンピックも、名もない若者たちの汗と涙に支えられていることに変わりはないのではないだろうか。

歌謡曲の中の東京で最も数多いのが、盛り場としての東京だ。「東京の屋根の下」に登場しない赤坂は、盛り場としては”新興”だったことになる。「赤坂の夜はふけて」を作詞作曲をしたのは赤坂に居を構える放送局、TBSのディレクターだった。「有楽町で逢いましょう」は、デパートの開店に合わせて書かれた歌で、タイアップソングの第一号と言われている。「たそがれの銀座」を歌った黒沢明とロスプリモスは、ムード歌謡というジャンルを作った立役者の一組だった。いずれも「ウナ・セラ・ディ東京」や「東京ドドンパ娘」などと並んで、桑田佳祐の歌謡曲のルーツということになりそうだ。

飲み屋デュエットソングの定番となっているのは「東京ナイトクラブ」と「新宿そだち」。同じデュエットでも曲調が違うのは、「都会派歌謡」というジャンルを確立した作曲家、吉田正と演歌の大御所だった作曲家、遠藤実の差だ。

異色の選曲となっているのが、「車屋さん」「すみだ川」だろう。都々逸入りの歌謡曲という”大人の粋”は、サザンオールスターズのアルバム『葡萄』の中の「イヤなことだらけの世の中で」の江戸版だろうか。ともに若い頃には選ばなかった曲ではないだろうか。

日々、新しい再開発が続いて行く東京、そして、その影でひっそりと消えて行く東京。「男はつらいよ」の舞台、葛飾柴又の人情は、もはや残された映画の中だけだろう。藤圭子のデビュー曲だった「新宿の女」以降の選曲は、失われた東京ということになりそうだ。新宿駅の裏に「紅とんぼ」のような飲み屋があったと誰が想像できるだろうか。新曲「ヨシ子さん」の中で“なんやかんや言うても演歌は良いな”とも歌っていた。

東京で暮らす人の大半は地方から上京してきた人たちだ。誰もが故郷を思う気持ちは「北国の春」が代弁してくれる。三畳一間で暮らす「神田川」の切なく優しい同棲物語も、もはやおとぎ話なのかもしれない。“希望の街”の現実。「東京の屋根の下」には、「東京砂漠」が広がっている。

桑田佳祐が歌う東京には、六本木や原宿は出てこない。最後に登場するのは高倉健が歌った「唐獅子牡丹」だ。浅草六区が、東京のエンターテインメントの聖地だったことを知る人はもう少数派だ。桑田佳祐の中の東京は、決して流行の先端でおしゃれの発信地ではないのだと思う。そういう意味では、90年代以降のJ-POPの中の東京とは、かなり違う。挫折や裏切りが渦巻く混沌の街、2002年に彼が発表した「東京」が都会の影を歌ったダークソングだったのも、そんな現れだったのではないだろうか。

番組を観ながら考えた、もうひとつのこと。それは、「東京の屋根の下」を歌ったのが灰田勝彦だったことだ。ハワイアン歌手から歌謡曲に転身した人気歌手。彼が歌った曲を選んだことが、新曲「ヨシ子さん」に繋がるような気がしたのだった。

記事後編では、この番組を成立させてしまう桑田佳祐のジャンルを超えた表現力の懐の深さ、そして彼と歌謡曲との関係性について迫っていきたい。

TEXT BY 田家秀樹

【後編】歌謡曲と桑田佳祐に流れる“和魂洋才”はこちら
http://www.m-on-music.jp/0000145392/

■「偉大なる歌謡曲に感謝 ~東京の歌」放送楽曲

01.東京の屋根の下/灰田勝彦
02.あゝ上野駅/井沢八郎
03.赤坂の夜は更けて/西田佐知子
04.有楽町で逢いましょう/フランク永井
05.ウナ・セラ・ディ東京/ザ・ピーナッツ
06.東京ドドンパ娘/渡辺マリ
07.車屋さん/美空ひばり
08.すみだ川/島倉千代子
09.たそがれの銀座/黒澤明とロス・プリモス
10.東京ナイト・クラブ( w/原由子)/フランク永井/松尾和子
11.男はつらいよ/渥美清
12.新宿の女/藤圭子
13.新宿育ち( w/TIGER)/大木英夫/津山洋子
14.紅とんぼ/ちあきなおみ
15.北国の春/千昌夫
16神田川/かぐやひめ
17.東京砂漠/内山田洋とクール・ファイブ
18.唐獅子牡丹/高倉健
19.東京/桑田佳祐
20.悪戯されて/桑田佳祐(ボーナストラック)

■プロフィール

クワタケイスケ/1978年6月25日にシングル「勝手にシンドバッド」で、サザンオールスターズとしてデビュー。

オフィシャルサイト
http://special.sas-fan.net/special/yoshikosan/?xm=3581&xr=2

■リリース情報

2016.06.29 ON SALE
SINGLE「ヨシ子さん」
タイシタレーベル/ビクターエンタテインメント

最終更新:7月15日(金)18時13分

M-ON!Press(エムオンプレス)