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心のケア、被災者支える、佐賀県精神医療チーム 熊本地震から3カ月

佐賀新聞 7月15日(金)10時24分配信

発足直後に初出動 転院支援情報共有に課題も

 熊本地震発生から14日で3カ月がたった。今年3月に発足したばかりの佐賀県災害派遣精神医療チーム(DPAT=ディーパット)は前震翌日に初出動。被災した入院患者の転院支援や避難者の心のケアなどで実績を積み、6月末で活動にひと区切りをつけた。現場での情報共有の在り方などが課題に浮かび、より有効な手だてを模索している。26面参照

 県内からは肥前精神医療センター(神埼郡吉野ケ里町)と嬉野温泉病院(嬉野市)の計9チームが交代で派遣された。医師や看護師、業務調整員ら6人で構成した先遣隊は前震翌日の4月15日明け方に出発し、熊本県庁の現地調整本部の開設などに携わった。

 発生後2週間は昼夜を問わずに活動。全国から集まったDPATが混乱しないように指揮命令系統の整備や、機能が停止した病院の入院患者の転院先確保に奔走した。転院支援では益城町などの7病院から、熊本県内の別病院や鹿児島、宮崎など近県の医療機関に計595人を搬送した。

 5月下旬からは、菊池市を中心とした熊本県北部の避難所を担当。被災者に加え、激務に追われて不眠やうつの症状に悩む行政職員らの心のケアを担った。

 先遣隊に加わった肥前精神医療センターの高尾碧医師(32)は「精神科には閉鎖病棟や保護室があり、転院先にも同様の設備が必要。必死に空床(空いているベッド)を探した」。不安で転院を拒否する患者もいて、困難を極めたという。

 東日本大震災では搬送中に亡くなったケースもあったが、「今回は搬送中の死者はゼロ。一定の役割を果たせた」と受け止めている。避難所での診察も「気持ちが少し楽になった」という住民らの声に、役割の重要性を実感したという。

 地震発生直後の混乱では、転院が夜間になるケースがあり、患者も医療関係者も負担が大きかった。最大20チームのDPATが同時に活動していたが、別チームの動きが分かりにくい局面があった。DPAT以外の支援団体との情報の共有化もままならない場面もあり、課題として残った。

 高尾医師は「インターネットを利用した情報共有化システムはあったが、改善の余地がある」と指摘する。経験を精査し、次の災害対応に生かす考えを示し、「今回は参加していない自治体のDPATにも教訓を伝えていきたい」と話す。

最終更新:7月15日(金)10時24分

佐賀新聞