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《白球の詩》絆育み成長を実感 下仁田・万場・長野原 津金沢研成主将

上毛新聞 7月15日(金)6時10分配信

連合チームけん引

 七回裏に4―10とされ、なおも1死二、三塁のピンチで左翼に打球が上がった。高橋良波(長野原3年)の捕った打球を中継し、懸命に本塁へ投げたが間に合わなかった。コールドが成立し、2年ぶりの初戦突破はならなかった。

 「下仁田、万場、長野原の3校連合チームとして試合をする最後の大会になるかもしれない。勝ちたかった」

 2年前の夏。今大会と同じ3校連合チームで先発出場し、安打を放って公式戦初勝利に貢献した。力を合わせて勝つ喜びを知った当時のチームで1年だった8人は一人も抜けず、互いを高め合って野球を続けてきた。「もう一度勝ちたい」

 初回に4点を先制し、序盤は「いける」と信じた。4回に追い付かれたが「勝ち越せる」とナインを鼓舞し、ピンチの場面では内野を集め声を掛けた。

 4人きょうだい(兄、姉2人)の末っ子。富岡吉田小3年の時、兄の背中を追い少年野球チーム「富岡キング」に入った。富岡西中時代は県大会にも出場した。

 高校でも野球を続けるため、中学の先輩がいた下仁田を選んだ。ただ、入学前年の2013年から部員不足で長野原との連合となり、同年秋に万場も加わった。下仁田から長野原まで車で約1時間半、万場へも約1時間かかる。前向きな性格で「何とかなる」と思った。連合でも試合に出られる喜びの方が大きかった。

 昨年8月、「チームで一番野球の経験があり、声が大きく元気」(田島慶一監督)と連合チームの主将を任された。「やるしかない」と覚悟を決め、「声を出して、明るくプレーしよう」と仲間に呼び掛け、最後の夏に臨んだ。

 部員4人の下仁田の守備練習はネットが選手代わり。ノックを捕球し、走者をイメージして1塁近くに置いたネットのストライクゾーン目がけて送球する。打撃練習はバックネットに向かって打った。山あいのグラウンドで、そんな練習を繰り返した。

 3校合同で練習できるのは休日の2日だけ。50キロ以上離れた各地のグラウンドを借りて内外野の中継練習に時間を割いた。

 試合後、座り込み、しばらく頭を抱えた。ベンチで声をからし背中を押してくれた目黒真弥(万場3年)から肩をたたかれ、思いが込み上げてきた。「互いの欠点をカバーし合う思いやりや、感謝の気持ちが生まれ、人として成長できたと思う」

 3年が引退すると下仁田の部員は1年1人。万場は2年1人、長野原は2年2人、1年1人となる。連合チームの存続を願いながら「来年こそは勝利を」と3校の“後輩”に夢を託した。

 卒業後は自衛官を目指す。10年間続けた野球も一区切りと決めている。「連合チームでプレーできてよかった」。3校の絆を胸に刻んだ3年間だった。(紋谷貴史)

最終更新:7月15日(金)7時26分

上毛新聞