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「アルスエレクトロニカ」はいかにして世界的なメディアアートの祭典に成長したか? 総合芸術監督とリンツ市長が語った“創造都市戦略“

SENSORS 7月15日(金)18時0分配信

6月14日、博報堂FUTURE CATALYSTS(博報堂とアルスエレクトロニカの共同プロジェクト)主催による「地域創造フォーラム~未来に向けた創造都市戦略」が開催された。イベントには、メディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ」開催の地、オーストリア・リンツ市長のクラウス・ルーガー氏、アルスエレクトロニカ総合芸術監督のゲルフリート・ストッカー氏が登壇。ルーガー氏は「リンツ市の創造都市戦略について」、ストッカー氏は「地域社会の創造的触媒=アルスエレクトロニカが果たしたこと」について講演を行った。

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伝統的な産業都市から、近代的な文化技術都市への変化

30年以上の歴史を持つ、世界的なメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ」。「Prix Ars Electronica 2016」ではライゾマティクス、落合陽一氏、そしてサザエbotの受賞が話題となった。そんなアルスエレクトロニカが毎年開催されるのは、オーストリア・リンツ市。人口約20万人の中規模都市であるリンツ市が、なぜ世界的なメディアアートの祭典を開催するに至ったのだろうか。

リンツ市において、19世紀には紡績産業、20世紀には鉄鋼や化学産業、21世紀には機械、建設、エレクトロニクスそして何よりもICT及びクリエイティブ産業が都市の発展に貢献してきた。また、リンツ市は東西南北の都市の中継地点として、街の人口よりも多くの雇用を創出し、地域全体の経済を牽引してきた。リンツ市長のルーガー氏は、リンツ市が文化技術都市に変化したきっかけをこう振り返る。


ルーガー:1970年から80年にかけてリンツ市は産業の空洞化や大気汚染、化学産業や鉄鋼業が不況に陥るという問題に直面しました。当時の12~15%という高い失業率の中で産業を革新し、新しい雇用を創出する必要があったのです。


リンツ市における様々な取り組みの中でとりわけユニークだったのは、新しい街のアイデンティティをつくるために「文化的インフラ整備」に投資したこと。近代的で文化的な都市に成長するために、市民の意識を変え、市民が新しい動きについていけるように支える必要があったのです。

「2009年にリンツ市が欧州文化首都に選ばれたことで、市民がリンツに住んでいることを誇りに思うようになった」と語ったルーガー氏。リンツ市が伝統的な産業都市から近代的な文化技術都市へ成長した鍵を握るのは、以下の4つのポイントだという。

・1979年 アルスエレクトロニカ、スタート
・1987年 世界初のメディアアートコンペティション
     「アルスエレクトロニカ賞」開催
・1999年 アルスエレクトロニカセンターの新ビル建設
・2012年 アルスエレクトロニカソリューション、スタート

詳しくは後述するが、とりわけ2012年のアルスエレクトロニカソリューションは、アルスエレクトロニカが単なる文化的なプロジェクトに留まるものではなく、クリエイティブな成果がうまれ、経済的な価値があることを証明した。

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最終更新:7月15日(金)18時0分

SENSORS

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