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「十分果たされた」 葉山御用邸、住民ら見送り

カナロコ by 神奈川新聞 7月15日(金)17時57分配信

 天皇陛下が「生前退位」の意向を示されたことが明らかになって一夜明けた14日、陛下の心情を察し体調を気遣う声は県内にも広がった。「いつもと変わらない様子で安心した」「ゆっくり休んでほしい」。静養先の葉山御用邸(葉山町)前には大勢の住民らが集まり、帰京される両陛下を見送った。

 「公務がすごく大変でしょうから、陛下がお決めになったことなら歓迎します」

 御用邸の近くで薬局を営み、天皇、皇后両陛下と何度も言葉を交わしたという横島和子さん(69)は、80歳を超えても多忙な公務に励む陛下を気遣った。「2月に静養にいらした時は店内まで入ってこられて『お母様は元気ですか?』と心配してくださった」と、人々を思いやる気持ちにも感謝していた。

 生前退位の意向が報じられてから初めて公に姿を見せた両陛下は午後4時半ごろ、11日から静養のため滞在していた御用邸を出発。沿道には1時間ほど前から住民らが集まり、陛下は車窓から穏やかな笑顔で手を振り続けて皇居へと向かわれた。

 毎回出迎えと見送りに訪れるという主婦松井容子さん(49)は「十分ご公務を果たされてきたと思う。葉山で過ごされると、いつも元気になって帰られるように見える」。インストラクターの女性(50)は「いつまでも天皇の位でいてほしい気持ちはあるけど、のんびりする時間が持てるといいと思います」と話した。

 山梨崇仁町長は「精力的に公務に取り組まれてこられた陛下のお人柄を感じた。何よりも健康を大事にしていただくことが国民の願いだと思う」とコメントした。

被災・被爆地でも気遣う声

 天皇陛下は、東日本大震災の被災地や太平洋戦争の激戦地などに足を運ばれてきた。励ましを受けた人々からは、惜しみつつも、陛下の体調を気遣う声が聞かれた。

 天皇、皇后両陛下は今年3月、震災からの復興状況を視察。東京電力福島第1原発事故で全村避難した福島県葛尾村が、役場出張所を置いていた同県三春町で天皇陛下と懇談した日用品店経営佐藤英人さん(75)は「あの年で東奔西走し、任務を果たす姿には頭が下がる。お年だから(生前退位が)あってもいいのかな」。

 岩手県陸前高田市の自営業小島幸久さん(44)は、陛下が2013年に仮設住宅を訪れた際、声を掛けられた。「すごく穏やかな方だった。体調を崩される前に継承するのは悪いことではないと思う」と受け止めた。

 両陛下は今年5月、熊本地震の被災地を訪問。被災状況を話した南阿蘇村の臨時職員丸野里佳さん(47)も「退位されるのは寂しいが、ご年齢を考えると続けるのがつらいということもあるのだろう」と推し測った。

 平和への強い思いを持つ天皇陛下は15年4月、戦後70年の節目に、日本の統治下で激戦地となったパラオへ。同年6月には、パラオから引き揚げた人々が終戦後に開拓し、「北原尾」と名付けられた宮城県蔵王町の集落も訪れた。

 両陛下に集落の歴史を説明した工藤静雄さん(74)は「もう少しやれるのなら続けてほしい」と話す一方、「戦後70年が過ぎ、一区切り付いたと感じる部分もあったのかもしれない」と話す。

 原爆で母親と妹を亡くした被爆者の宮本孝子さん(76)=広島市安佐北区。14年8月の土砂災害では夫を亡くし、自らも左脚を切断した。天皇陛下の慰問に力をもらったといい「寂しいが、多くの人を十分励ましてこられた」といたわった。

「前天皇」呼称、職制は? 委譲実現へ課題多く

 天皇陛下の意向が伝えられたことにより、現実味を帯びた皇位の委譲。だが、このまま新天皇が即位するのなら、退位した天皇を何と呼ぶのか、宮内庁内での職制をどう改革するのかなど、解決すべき課題は多い。

 歴史的には生前退位は数多く行われ、前天皇は「太上(だいじょう)天皇」や「上皇(じょうこう)」、出家した前天皇は「法皇(ほうおう)」と呼ばれてきた。しかし、明治以降の天皇は事実上の終身制となったため「前天皇」自体が存在しなかった。当然、皇室典範にも呼称についての規定はない。

 宮内庁には内部部局として、天皇、皇后両陛下の身の回りを担当する「侍従職」、皇太子一家に関する仕事をする「東宮職」があるが、「前天皇」は想定されていないため、対応する部署も存在しない。昭和天皇逝去の後は、香淳皇太后(昭和天皇の皇后)のために「皇太后宮職」がつくられたことがあった。天皇の生前退位が実現した場合、こうした臨時の職制の検討が予想される。

 現在の皇太子さまが新天皇となると「皇太子」も存在しなくなり、東宮職の改編も迫られる。皇位継承順位1位は秋篠宮さまになるが、皇室典範が皇太子の要件と定める「皇子」(天皇の子ども)ではないため、皇太子とはならないからだ。秋篠宮さまの長男である悠仁さまも、同様に皇太子ではない。

 明治時代に旧皇室典範で皇太子の地位が制度化されて以来、皇太子が不在だったのは、昭和天皇が即位してから現在の天皇陛下が生まれるまでの7年間しかない。今後皇太子が不在になれば、明治以降の天皇家がほとんど経験したことのない事態が長く続くこともありうる。天皇の弟となる秋篠宮さまを「皇太弟(こうたいてい)」とし、単なる一宮家とは違った扱いをすべきだとの議論も一部には起きている。

最終更新:7月15日(金)17時57分

カナロコ by 神奈川新聞