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連載コラム最終回「リオ出場への軌跡」車椅子バスケ

カンパラプレス 7月16日(土)11時0分配信

 2015年10月10日に開幕した「三菱電機2015IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉」(AOZ)は、17日、最終日を迎えていた。4勝1敗で予選2位通過した日本は、準々決勝でマレーシアを撃破。しかし、準決勝ではオーストラリアに負けを喫し、3位決定戦に回った。その対戦相手は、最大のライバル韓国。リオデジャネイロパラリンピックへの最後の切符をかけて、再び日韓が激突した。

運命の日韓戦、再び

 過去、一度もパラリンピックに出場していない韓国は、日本にとって「確実に勝てる相手」だった。ところが、ここ数年で急速に成長し、常に日本の前に立ちはだかる存在となっている。2011年、ロンドンパラリンピックの切符をかけて行われたAOZでは、「これに勝てばロンドンが決まる」準決勝で対戦。日本は勝利を挙げたものの、その差はわずか1点という大接戦だった。

 しかし、ロンドンパラリンピック以降は、3度対戦し、日本は3連敗。しかも、3敗目は11点という差をつけられての敗戦。日本にとって韓国は、「勝てる相手」ではなく「勝たなければならない相手」となっていた。

 そんな中で迎えた昨年のAOZでは、グループ予選の第2戦で韓国と対戦。前半こそリードを許したものの、後半で逆転に成功した。固定メンバーで戦うスタイルを変えずにきた韓国に対し、日本は世界選手権での敗北以降、目指してきた“全員バスケ”を遂行。チームの層の厚さが、日本に勝利をもたらした要因の一つとなっていた。

 そうして迎えた3位決定戦、日韓は再び顔を合わせることとなった。
「韓国とは、何か運命的なものを感じました」
 藤井新悟の言葉が、全員の気持ちを代弁しているかのように思われた。

第2クオーターで現れたチーム力の差

「予選で韓国に勝っているということは選手の自信になっていたでしょうし、中国戦での敗戦で、勝つことへの“覚悟”もできていた。だから、自分たちのやるべきことさえやれば、韓国には必ず勝てると考えていました」
 及川晋平ヘッドコーチ(HC)は、大会中も成長し続けてきた選手たちに大きな手応えを感じていた。

 ところが第1クオーター、先に試合の流れを掴んだように見えたのは韓国だった。その差は9点。いきなりの大きなビハインドに、会場には不安な空気が漂っていた。及川HCも「さすがに9点は大きい」と思っていたという。しかし、焦りはなかった。

「確かに点差は開きましたが、決して韓国にやりたいようにやられていたわけではありませんでした。我々が出すカードに対して、韓国が合わせるようにしてうまく対応していたという感じ。だから、むしろコントロールしていたのは日本だったんです」

 第1クオーターの10分間で、3つのユニット(コート上にいる5人の組み合わせ)を出した日本に対し、韓国は主力の5人で対応していた。それが、日韓の層の厚さの違いを如実に表していた。第1クオーターこそ、うまく対応してみせた韓国だったが、第2クオーター以降は徐々に疲労が見え始め、次々とカードを切る日本の戦略にバタつき始めた。

 一方、日本は第2クオーターの序盤、藤本怜央がスリーポイントを決めると、さらにアウトサイドからのシュートも決め、9点差を一気に4点差に縮めた。エースでキャプテンの藤本の立て続けのシュートに、ベンチで見ていた永田裕幸は早くも勝利を確信していたという。その予想は的中し、その後も藤本、そして香西宏昭のダブルエースが次々とシュートを決めていった。第2クオーターで23得点を挙げた日本に対し、韓国は8得点。主力以外に切るカードを持ちえていなかった韓国には、為す術がなかった――。

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最終更新:7月16日(土)21時48分

カンパラプレス