ここから本文です

90歳の五輪おじさん覚悟のリオ行き表明 やられたら「名誉の戦死」

東スポWeb 7月17日(日)6時30分配信

 14大会連続の出陣へ。1964年東京大会から夏季五輪を欠かさず観戦してきた「オリンピックおじさん」こと山田直稔さんが、リオデジャネイロ五輪も現地で選手たちに声援を送る。「国際オリンピック応援団長」など数々の称号を持つ山田さんは4月で90歳になった。ますます意気盛んで、本紙インタビューに開幕翌日からのハードスケジュールを明かした。

 ――2020年五輪の東京開催決定で、東京まで現役続行を決めた。リオ行きの準備は
 山田:「リオ オリンピック」と書いた国旗も用意してあるよ。治安がよくないとかで、今でもみんなに「行かない方がいい」って言われる。でも私が行かなかったら、世界中の人がテレビを見て「あのオヤジ、もう死んじゃったのかな」って思うよ(笑い)。(応援を)50年もやっているからね。日本が(ボイコットで)出なかったモスクワ五輪の開会式まで行ったんだから。

 ――90歳とは思えないほど若々しい

 山田:90歳でこんな元気なヤツはいないよ。大学の同級生はヨレヨレになったりして。「おい、山田。お前はいったいどうなってるの?」と。どこかに神様がいるとすれば、守られているんじゃないかな。こんなに元気でいられるのは。ハッハッハ(笑い)。

 ――五輪には行かずにいられない

 山田:私が行けばテレビを見た人が「あのオヤジ元気だ」といって、みんな私から元気をもらうらしい。世界中の人が喜ぶんだよ。カネは使うばかりで、ハンパな金額じゃない。全部ポケットマネー。私のホテル事業は今、赤字なんだから。それでも世界の人々を喜ばせたい。こんな男はいないよ。バカじゃないとこんなことはできないよ、本当に(笑い)。

 ――もう応援日程は組んでいるのか

 山田:8月3日にリオに到着して、4日は市内観光。5日(夜)の開会式を見て、6日は午前9時半から女子バレーの日本対韓国戦を応援する。午後は3時半~6時10分の柔道を応援して、7時から重量挙げの三宅宏実ちゃん。これが9時に終わると、10時から11時55分まで水泳の決勝。萩野公介さんらが出る予定。

 ――どれもロンドン五輪でメダルを獲得しているが、いきなりの過密日程となる

 山田:一緒に行く応援団副団長の女性が予定日程を練ってくれている。7日は柔道の海老沼匡さんと中村美里さんを応援。8日は女子バレーの日本対カメルーン。このあたりはまだはっきりしていない。

 ――閉会式は

 山田:もう1人、女性が同行する予定。自分ひとりじゃないからね。それを考えると滞在するのは開会式から9日間ぐらいだね。

 ――日本選手団は前回の2倍の金メダル14個を目標にしているが、期待のほどはどうか

 山田:メダルについては分からない。いろいろ種目はあるけれど、バレーボールとか柔道やレスリングといった競技は応援しやすいし、面白い。水泳とかも。テレビで見て選手の顔は分かっているけれど、なかなか名前と一致しない。まあ、国歌君が代を歌えるようなことになれば非常にうれしい。ロス五輪の柔道・山下泰裕の表彰式では胸が詰まって涙が出て、最後の方は歌えなくなったほど感動した。

 ――治安の悪さは気にならないか。

 山田:私が行ったミュンヘン五輪でも11人が死亡するテロがあった。あれはゲリラだったけど、今回の治安問題は違う。相手を特定できない。周りからは、こんな金ぶちの眼鏡や時計をしていたら「(強盗に)やられちゃう」なんて言われる。眼鏡も時計もスペアがあった。そんな用意も一生懸命やっている。「団長は行くの? アンタは狙われちゃうよ」と言う人もいるけれど、五輪応援団長に万が一のことがあったら「名誉の戦死」だよ(笑い)。歴史に残っちゃう、ハハハッ。

 ――準備も並大抵のものではない

 山田:大会ごとにいろいろなチラシやパンフレットを作る。(今回作製した)パンフレットは六十何万円もかかった。リオ五輪応援歌を入れたチラシも作った。「世界の平和 聖火の祭典 ブラジル目指し 堂々と より速く より強力に いざ行け! それ行け! どんと行けニッポン 頑張れ 日本 それ行けニッポン」。このチラシだって相当のカネがかかっているよ。

 ――20年には東京五輪が控える

 山田:次の東京は何もやらなくても、(選手への応援は)日本の場合はいい。リオのような所は日本から行く人が少ないからね。私の集大成になる。

 ☆やまだ・なおとし 1926(大正15)年4月16日生まれ。富山県井波町(現南砺市)出身。少年時代は野球などスポーツにいそしみ、日大工学部建築学科を卒業後、ワイヤロープ業界へ。60年に浪速商事を設立して業績を拡大。ホテル事業や不動産などへ幅を広げ、浪商グループを築き、代表取締役会長を務める。68年メキシコ五輪で日本人選手と間違えてメキシコの陸上選手を応援し、会場を総立ちにさせたことを機に五輪応援に熱を入れる。64年東京大会から全ての夏季五輪に足を運び、「オリンピックおじさん」の愛称で親しまれる。冬季は98年長野大会を応援。「国際オリンピック応援団長」のほか、「プロ野球マスターズリーグ応援団長」「大相撲振興応援団長」などの肩書を持つ。スポーツ界や政界など多数の著名人と親交が深い。

最終更新:8月8日(月)19時32分

東スポWeb

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。