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トルコのクーデター、失敗の理由は「二・二六事件」 EUや中東に深刻な影響も

BuzzFeed Japan 7/17(日) 5:10配信

トルコで現地時間15日夜に起きたクーデターは「未遂」に終わった。

AFP通信によると、クーデターを制圧した軍は、クーデターに加担した104人を殺害したと発表。この他に警察官41人と民間人47人、軍将校2人の計90人が犠牲になったという。

アジアとヨーロッパを結ぶイスタンブールのボスポラス橋は一時封鎖されたが、16日未明に兵士たちが投降すると、市民たちは戦車によじ登り、解放を喜んだ。
【BuzzFeed Japan / 籏智広太】

エルドアン大統領は「政府が秩序を掌握している」と宣言。トルコ全土で1500人以上の兵士や将校が拘束された。

一時は首都アンカラで国会が砲撃され、イスタンブールでも国際空港に戦車が展開。CNNなど放送局も一時占拠されたが、事態は収束した模様だ。

BuzzFeed Newsはトルコやイスラム社会に詳しい内藤正典・同志社大院教授に取材した。

クーデター失敗の原因について、内藤教授は「二・二六事件 と同じ、一部の将校たちによる反乱だったから」と指摘する。

今回、クーデターに加担したのは、軍のごく一部にすぎない。トルコには陸海空軍に加え、ジャンダルマという治安維持軍がある。そのトップである参謀総長は、クーデターを起こした側に身柄を拘束されていた。

クーデターは軍の中でもごく一部にしか支持されていなかった。内藤教授は「軍人がやったからクーデターという表現が使われているが、国会を爆破したり、警察を襲撃したり、やったことは同時多発テロのようなものだ」と話す。
では、彼らはなぜ、反乱を起こしたのか。

「強権的な政治をするエルドアン大統領がトルコのイスラム色を強めることに対し、否定的な将校たち世俗主義派が起こした叛乱でしょう」

トルコではこれまでも3回、1960年と71年、80年に軍によるクーデターが起き、いずれも成功している。内藤教授が今回失敗した理由として、もう一つあげるのが「国民の支持」だ。

「大半が支持をしなかった。与党AKPは支持率50%以上ある。それに1980年のクーデターで悲惨な目にあった世代は反発するし、当時を知らない若年層は、知らないから惹かれる理由もなかった」

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最終更新:7/17(日) 9:16

BuzzFeed Japan

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。