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古代の人々はどうやって星空を眺めていた?

ギズモード・ジャパン 7月17日(日)21時10分配信

ただ肉眼でじーっと空を見上げていたわけじゃないみたいです。

古代の人々がレンズのない望遠鏡を通して空を見ていた可能性がイギリスの天文学者チームによって示唆されました。王立天文学会のNAM2016で巨石墓を調査した結果を発表したのは、ノッティンガム・トレント大学の学生Kieran Simcoxさん。

彼によると、古代の人々が星空を眺めるのに用いていたのは、現代の望遠鏡のような装置ではなく、原始的なカメラ・オブスキュラのようなもの。ピンホールカメラと同じ原理で、小さな穴を通じて明るい外から暗い内部に光線が通り、壁に向かって像が射影されるというメカニズムです。

上の画像の通り、望遠鏡の役割を果たしていたとされる巨石には、狭い入り口があります。そこには、特に夜明け前や日の出前や日没後の薄明かりの時間に、空を臨むうえで十分に視界を集中させてくれるであろう10度ほどの小さな穴があるそうです。
Simcoxさんの研究チームでは、これが正確にはどのような条件で機能するのか研究を進めているようです。外の暗さに目が慣れることなのか、光線が通る穴のサイズなのか、あるいは空の明るさなのか調べています。

米Gizmodoの取材によると、ウェールズ大学のFabio Silvaさんは「羨道墳の長い通路が長いチューブのように水平線の細い筋に集中させるだけでなく、光を大きく遮って太陽が昇る地点の周りの明るさを散在させているのだろう」と、見解を示しています。「羨道墳のなかで一晩過ごすと、暗さに慣れた目が微かな星の光を見ることができる一方で、おそらく外では目が明るさに慣れてしまい、それが不可能になるのでしょう」といいます。

古代からの建造物は当時の人々がどのような用途で使用していたのか深く広く考えを巡らさせてくれます。
Simcoxさんの研究の場合、もともとポルトガルにあるカレガル・ド・サルの羨道墳をテーマにした先行研究をもとに、通路と入り口の配列から古代の人々が天体を眺めていた新たな可能性に注目しました。さらにこの仮説をベースにしたSilvaさんは「アルデバラン」という明るい星を主にターゲットにしていたのではないかと考えたようです。

「羨道墳を築いた社会に結びつく考古学の記録からいえば、この時代は牧畜社会で、狩りと採集の習慣があったことがわかる」と、Silvaさん。6千年前、人々は墳墓のある水峡で寒い冬を数カ月過ごし、春(4月下旬から5月上旬頃)にアルデバランの星を観測してから、エストレーラ山脈のような高地へ移動したのではないかと考えているようです。

また一方で、新石器時代に地中海地域で宗教儀式として洞穴を使用したのと同様に、ここも儀式の場として使われたという見方も出ています。Simcoxさんは「若者がある年を迎えたら、通過儀礼として特別な形で星を見ることが許されたのではないか」といいます。

Silvaさんによると、天文考古学とよばれる領域が誕生したのは1,800年代後半。天文学ブームは文化としてやや遅れ気味で、「考古学や人類学などの存在によって、しばしば見落とされがちだった」といいます。もともと天体サイクルは、原始的なカレンダーとして役立ったほか、アートや建築構造と夜空との深い関わり合いを示しながら神話や古からの言い伝えにも登場してきました。複数の学問領域と横断的に協力すれば、天文学は私たちに新たな見識を与えてくれるだろうとSilvaさんはいいます。

image by Fabio Silva
source: Royal Astronomical Society
Jennifer Ouellette - Gizmodo US [原文]
(Rina Fukazu)

最終更新:7月17日(日)21時10分

ギズモード・ジャパン

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