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「2人で野球でき幸せ」 上市の永瀬-喜多バッテリー 最後の夏、初戦で涙

北日本新聞 7月17日(日)0時45分配信

 16日に熱戦が始まった全国高校野球選手権富山大会。初の連合チームで挑む泊・上市を上市の喜多泰大さんと永瀬裕貴さんの3年生バッテリーが引っ張った。小中高と同じチーム。昨年は部員不足のため大会出場すらかなわなかった。高岡西部総合公園野球場であった初戦は小杉にコールド負けした。短かった2年越しの夏。それでも2人は口をそろえた。「最後まで一緒に野球ができて幸せだった」 

 2人は富山市藤ノ木小時代からの幼なじみ。自宅が200メートルほどしか離れていない。永瀬さんは喜多さんに誘われ、1年のときに同じ野球チームに入団。藤ノ木中から喜多さんが捕手、永瀬さんが投手を務めるようになった。

 「上市で一緒に野球やろうよ」。中学卒業後、高校で自分の実力が通用するか迷っていた永瀬さんを高校野球の世界に誘ったのも喜多さんだった。永瀬さんは「今まで野球を続けてこられたのは喜多のおかげ」。2人の絆は強い。

 高校に入ってから2人を待ち受けたのは「部員不足」という苦難だった。2014年の夏の大会後、3年生が引退すると、部員は喜多さんと永瀬さんの2人だけに。喜多さんがけがで入院し、永瀬さんが1人で練習したこともあった。春に新入生が入ってメンバーがそろうことを信じ、投球や盗塁の送球など2人でもできる練習に必死に励んだ。

 待ち望んだ翌春、入った部員は2人だけだった。他校と連合チームを組むこともできず、夏の大会は欠場した。

 大会の際は運営スタッフとして球場の入り口で入場券のもぎりをした。グラウンドから心地よい球音が響いてくる。「来年は絶対に夏の大会に出るんだ」。心の底からそう思った。

 泊との連合チームで臨んだこの日の初戦。2人は念願の夏のグラウンドに立った。スタンドからの大きな声援に包まれ、「緊張したけど、段々楽しくなってきた」と永瀬さん。渾身(こんしん)のボールを喜多さんのグローブ目掛けて思い切り投げ、二回には2者連続の三振を奪った。ピンチになると喜多さんがマウンドに駆け寄る。「良いボールきとるから自信持って」。永瀬さんを勇気づけた。

 三回、永瀬さんは投球の際、腰に違和感を覚えた。徐々に痛みが強まり、走ることもままならなくなった。五回途中マウンドを譲り、その後、コールド負けが決まった。

 「もう少し長く2人で野球がしたかった」。ベンチ裏で泣き崩れる永瀬さんの肩を抱きかかえ、喜多さんは言った。「今まで一緒にやってきてくれてありがとう」

 2人の卒業後の進路希望は進学と就職。ずっと一緒だった道は二つに分かれるかもしれない。それでも、共に白球を追い、苦労を乗り越えてきた日々が2人を支えていく。 (社会部・小幡雄也)

北日本新聞社

最終更新:7月17日(日)0時45分

北日本新聞