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飛行機通学で大学院修了した台湾の実業家 「人生は挑戦」

沖縄タイムス 7月18日(月)11時7分配信

 【仲地清通信員】台湾と沖縄、台湾と鹿児島間を飛行機で往復しながら修士号、博士号を完成させた台湾実業家がいる。話題の主は台北市で健康事業の会社を経営する劉水生さん(62)。名桜大大学院に2年間、鹿児島国際大に3年間在籍し、台湾から毎週1回現地に飛んで学んだという。
 きっかけは、琉球大名誉教授の上間隆則さん(故人)との出会い。上間さんの知人で、中華工商研究院の劉成基理事長が日本語とレポート指導に当たっていた台湾の近畿大学通信教育部に劉水生さんは在籍しており、劉成基さんから日本語を学んだ後、大学院進学を希望していた。
 しかし仕事の関係上、日本へ行けないことを当時、名桜大教授だった上間さんに相談したところ、1週間に1回の通学が許可された。2008年から11年まで名桜大に在籍し、日曜日に台湾から沖縄に飛び、名桜大の学寮に宿泊して月、火の2日間、講義を受講してから帰る生活を続けた。
 名桜大在学2年目に、上間さんが病気になったため、入院先や上間さんの自宅で受講。完成した修士論文は「日本の人的資源管理方法の台湾への導入」。その後、引き続き鹿児島国際大学大学院博士課程に進学して原口俊道教授の下で、「会社従業員教育に関する台湾と日本の比較研究」の博士論文を完成させた。
 鹿児島国際大学には12年から15年まで通った。台湾から福岡空港まで飛び、鹿児島まで電車で通った。
 博士号取得後、台北海洋技術学院で4年間指導した。
 「人生は挑戦」がモットーだ。「当時54歳だったが、亡くなった上間先生との出会いと励ましがあったから飛行機通学を諦めなかった。上間先生と、台湾に近い沖縄のおかげです」と感謝した。

最終更新:7月18日(月)11時7分

沖縄タイムス