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働き方改革はどこに向かうのか-時間制約のあるフルタイム勤務への「移行」と「多元化」

ZUU online 7月18日(月)20時20分配信

■要旨

本稿では、働き方改革が活発化している背景や取組内容を概観し、取組の方向がどのような流れにあるのかについて考えている。

働き方改革の取組が活発化している背景としては、(1)ダイバーシティ・マネジメントのインフラ整備、(2)生産性向上への期待、(3)働き方改革への政府のコミットが強まってきたこと、があげられる。働き方改革の取組は大きく「労働時間の制限」と「働き方の柔軟化」から構成されており、「労働時間の制限のみ」の企業と、「労働時間の制限」と「働き方の柔軟化」を併用している企業でほぼ2分される。

働き方改革によって、「時間制約のないフルタイム勤務」及び「短時間勤務」からの「時間制約のあるフルタイム勤務」への「移行」が進む。ただし、「時間制約のないフルタイム勤務」から「時間制約のあるフルタイム勤務」への移行については企業や職場によって働き方改革の推進にバラツキが生じるという意味で、「短時間勤務」から「時間制約のあるフルタイム勤務」への移行については短時間勤務者の個別事情には配慮されるという意味で、「多元化」が進むと考えられる。

「時間制約のあるフルタイム勤務」への移行については、「時間制約のないフルタイム勤務」「短時間勤務」のどちらからの場合についても、いずれインセンティブや処遇の見直しが必要な段階に入ってくると考えられる。

つまり、労働時間の制限や働き方の柔軟化による働き方改革の次の段階として、インセンティブや処遇という人事管理政策の見直しが問われることになる。さらにいうと、働き方改革は経営戦略にもかかわるものである。働き方改革をより実効的に進めていくためには、人事管理政策、さらには経営戦略へと、改革の射程を広げていく必要があるだろう。

■働き方改革の3つの背景

◆働き方改革に取り組む企業の増加

働き方改革に取り組む企業が増えている。NTTデータ経営研究所/NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューションの調査によると、「働き方変革」に取り組んでいるという回答割合は、2015年の22.2%から2016年には32.1%と、この1年間で約1割増加している。これまでも働き方改革に取組んできた企業はあったが、ここにきてこのように取組が活発化してきているのはなぜなのか。

本稿では、まず、働き方改革が活発化している背景について述べる。そのうえで、働き方改革の取組内容を概観し、取組の方向がどのような流れにあるのかについて考えてみたい。

なお、「働き方」という言葉は多様な意味を包含して用いられることが多いが、本稿では労働時間に焦点を当てる。つまり、本稿でいうところの「働き方改革」とは「長時間労働を抑制しようとする取組」を指し、年次有給休暇の取得促進や、育児や介護の短時間勤務の拡大等のワーク・ライフ・バランス支援は検討の対象から除外する。

◆ダイバーシティ・マネジメントのインフラとしての働き方改革

働き方改革が活発化している背景の一つ目として、働き方改革がダイバーシティ・マネジメントのインフラとして不可欠であるという認識が広がってきたことがあげられる。とりわけ働く時間に制約がある社員にとって、長時間労働は、生産性の向上、就業継続を含むキャリア形成のいずれに対しても阻害要因となる。

折しも、2016年4月に女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)が施行され、従業員数301人以上の企業は、数値目標を含む一般事業主行動計画の策定・提出・周知、さらには女性の職業選択に資する情報の定期的な公開が義務付けられた。この情報公開の項目(選択肢)のなかにも、「労働者の1月当たりの平均残業時間」が盛り込まれている。

◆生産性向上に向けた働き方改革

背景の二つ目として、働き方改革が社員の生産性向上につながると、期待されていることがあげられる。

山本・黒田(2014)(*1)は、労働者と企業の調査データの分析から、「(前略)長時間労働、とりわけサービス残業が労働者のメンタルヘルスを毀損する可能性が示唆され、またメンタルヘルスを毀損した労働者が多い企業ほど、中長期的にみると企業業績が悪くなる傾向にあることが示唆された」(318-319頁)としている。

長時間労働を前提とする働き方が、メンタルヘルスをはじめとする社員の健康、ひいては生産性にマイナスの影響を及ぼしているという認識が、働き方改革の取組を後押ししている。

また、働き方改革は、社員の新しい発想やアイディアの創出につながることが期待されている。

「部下が『仕事以外に大事にしたいこと』を行うことは、仕事面でも以下のような効果が、どの程度あると思いますか」という問いに対する、管理職の回答結果である。「疲労感を解消し、健康を維持すること」のみならず、「発想や興味の幅、感受性を広げること」「創造力を高めること」についても、管理職の9割弱が「そう思う」もしくは「まあそう思う」と回答している。

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(*1)詳細は、山本勲・黒田祥子(2014)『労働時間の経済分析 超高齢社会の働き方を展望する』(日本経済新聞出版社)第10章を参照されたい。
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◆政府も働き方改革にコミット

背景の三つ目として、働き方改革に対する政府のコミットが強まっていることもあげられる。

2015年4月には「労働基準法等の一部を改正する法律案」が第189回国会に提出された。この法案は、第190回国会終了時点でも継続審議となっているが、「長時間労働抑制策等」と「多様で柔軟な働き方の実現」に関する改正内容が盛り込まれており、企業の労働時間制度に少なからぬ影響を及ぼす法案だといえる。

「長時間労働抑制策等」については、月60時間超の割増賃金50%に対する中小企業への猶予の撤廃、企業の時季指定による年休付与義務の創設等が盛り込まれている。

「多様で柔軟な働き方の実現」については、フレックスタイム制の弾力化(清算期間の上限を1か月から3か月へ)、企画業務型裁量労働制の対象業務の追加(課題解決型提案営業、裁量的にPDCAを回す業務)、一定以上の年収で高度な専門的知識を必要とする「高度プロフェッショナル」に対する労働時間規制の適用除外・健康確保規制等が盛り込まれている。

また、一億総活躍国民会議でも働き方改革の重要性が指摘され、これが契機となって労働基準監督署の立ち入り調査(重点監督)の対象が、月残業時間100時間以上から80時間超に拡大される等の対策が講じられた(2016年4月1日、厚生労働省「長時間労働削減推進本部」資料より)。

同会議が公表した「ニッポン一億総活躍プラン」(2016年6月2日閣議決定)でも、働き方改革は一億総活躍社会の実現に向けた横断的課題として位置づけられ、法規制(下請代金法(*2)、独占禁止法(*3))の執行の強化、労働基準法の36協定における時間外労働規制の在り方の再検討等が提言されている。

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(*2)下請代金支払遅延等防止法。
(*3)私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律。
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■労働時間の制限と働き方の柔軟化による働き方改革

◆働き方改革の概観~労働時間の制限と働き方の柔軟化

次に、企業は働き方改革として、具体的にどのような取組を行っているのだろうか。ここでは、厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」(*4)に掲載されている「働き方改革取組事例」(2016年4月時点)をもとに、働き方改革の現状を概観したい。

社員数1000人以上の企業の掲載事例を分析対象とし、重複している事例については掲載時期が古い方を除外した。また、「長時間労働を抑制しようとする取組」を行っていない事例(休暇取得推進のみ等)は分析対象から除外した。結果として、分析対象は計121件の事例となった。

掲載事例の95.0%は何らかの「労働時間の制限」を行っており、「働き方の柔軟化」の実施率も49.6%にのぼる。さらに詳しくみると、「労働時間の制限」として、「残業制限・禁止(ノー残業デー、長時間労働職場への働きかけ等)」は90.1%の企業で実施されているが、「労働時間短縮目標の設定」(27.3%)や「朝型勤務」(28.1%)の実施率は3割弱にとどまる。

「働き方の柔軟化」として、「フレックスタイム」(33.1%)、「在宅勤務」(26.4%)は3割前後、「サテライトオフィス等のモバイル勤務」(7.4%)、「裁量労働制」(11.6%)は1割前後とやや低い(*5)。

また、掲載事例を「労働時間の制限のみ」「働き方の柔軟化のみ」「両者の併用」でタイプ分けすると、「労働時間の制限のみ」(50.4%)と「両者の併用」(44.6%)がほぼ半々で拮抗しており、「働き方の柔軟化のみ」は非常に少ない。

◆働き方改革の、短時間勤務者等に対する影響

このように、企業の働き方改革の取組は大きく「労働時間の制限」と「働き方の柔軟化」から構成されており、「労働時間の制限のみ」の企業と、「労働時間の制限」と「働き方の柔軟化」を併用している企業でほぼ2分される。

長時間労働を前提とする働き方のもとでは、働く時間に制約のないフルタイム勤務者に、責任や負担の大きい主要な仕事が集中する傾向にあった。この傾向は、時間制約のないフルタイム勤務者の不満を増大させるだけでなく、時間制約のあるフルタイム勤務者や短時間勤務者の意欲の低下を招き、キャリア形成の阻害につながっていた面も大きい。

一方、働き方改革の取組により、長時間労働を前提とする働き方が是正されれば、短時間勤務者のフルタイム勤務への復帰にもプラスの影響を及ぼす。短時間勤務制度を整備し、利用しやすい環境を整えた企業では、短時間勤務者が増加し、なかなかフルタイム勤務に復帰しないという課題が顕在化しつつあった。

もともと短時間勤務者がなかなかフルタイム勤務に復帰しないのは、フルタイム勤務に復帰すると同時に時間制約のない働き方を余儀なくされるリスクを回避するためでもあった。従来のフルタイム勤務者の働き方が、時間制約を前提としたものに改革されれば、短時間勤務者にとって、このようなリスク回避の必要性は低下し、フルタイム勤務に復帰しやすくなるだろう。

実際、働き方改革を熱心に進めた企業では、結果として短時間勤務者がいなくなった(短時間勤務制度を利用する必要がなくなった)という事例もある。

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(*4)「働き方・休み方改善ポータルサイト」(http://work-holiday.mhlw.go.jp/)の分析は、ニッセイ基礎研究所・太田真奈美研究アシスタントと共同で実施した。
(*5)制度そのものの実施率ではなく、働き方改革の内容として記載があった割合である点には、留意する必要がある。
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■働き方改革はどこに向かうのか

◆働き方改革の潮流~移行と多元化

働き方改革についてこれまで述べてきたことをまとめる。

働き方改革が進めば、従来一般的だとされてきた時間制約のないフルタイム勤務は、全体としては時間制約のあるフルタイム勤務の方向に向かうはずである。ただ、働き方改革の推進度合いは企業や職場によって相当異なる。時間制約のあるフルタイム勤務にどこまで近づくか、バラツキが生じるという意味で、フルタイム勤務者の働き方の多元化は進むと考えられる。

一時的な事情(育児等)による短時間勤務の場合は、もともと、いずれはフルタイム勤務に復帰することが想定されている。このようなケースにおいて、短時間勤務者が増加し、利用が長期化することは、短時間勤務者のキャリア形成の面でも、企業の業務マネジメントの面でもマイナスの影響が懸念される。また、短時間勤務者が抱える事情はさまざまであり、そもそも一律的な短時間勤務の適用が実態にそぐわない面もある。

こうしたことから、企業は、短時間勤務の期間上限までの利用を前提とするのではなく、制度利用に当たって、キャリア形成への影響も含めた制度利用のメリット・デメリットを考慮することを、社員に求めるようになるであろう。既に、企業のなかには、キャリア研修の一環として、育児休業や育児のための短時間勤務の利用について考える機会を、設定する事例が少なからず出てきている。

また、短時間勤務者が増加するほど、企業としては、短時間勤務者への一律的な配慮から、個別事情に合わせた配慮へと転換し、さらには可能な範囲でのフルタイム勤務への復帰や、夕方や夜のシフト勤務への部分的な配置等を求める方向に向かうことになろう。たとえば短時間勤務者が多い病院や保育・介護施設等では、既にこのような取組を行っている事例が少なくない。

結果として、一時的な短時間勤務者についても、全体としてはフルタイム勤務(時間制約あり)への移行に向かうが、短時間勤務者の個別事情には配慮されるという意味で、短時間勤務者の働き方も事情によって多元化することになるだろう。

このように、働き方改革によって、時間制約のあるフルタイム勤務へと働き方が移行していけば(多元化を伴うので、全てが移行するわけではないが)、従来は時間制約のないフルタイム勤務者に集中しがちであった責任や負担の大きい主要な仕事が、時間制約のあるフルタイム勤務者や短時間勤務者に分散することも期待される。

◆働き方改革の今後に向けて

これまで考えてきた働き方改革の潮流を踏まえ、働き方改革の今後に向けて、筆者が思うところを述べて本稿の結びとしたい。

時間制約のないフルタイム勤務から、時間制約のあるフルタイム勤務への移行について、企業は、実際にどのような業務が削減されているか、また、業務の削減によって社員の人材育成や意欲にどのような影響を及ぼしているかを、慎重に見極めながら進めていく必要がある。

労働時間が削減されても、それが社員の人材育成や意欲にマイナスの影響をもたらす形で行われれば、中長期的にはむしろ生産性が低下することになりかねないからである。

また、多くの場合、労働時間が削減されたからといって、求められる水準が緩和されるわけではない。残業手当が削減される上に、時間当たりの生産性向上も求められることに、不満を持つ社員も出てくるだろう。時間制約のあるフルタイム勤務への移行にあたっては、こうした社員の不満を回避するためのインセンティブも検討する必要がある。

働き方改革を進める企業のなかには、所定労働時間の短縮や、朝型勤務の割増賃金の増額等を通じて、働き方改革によるコスト軽減分を社員に還元しようとしている事例もみられる。

短時間勤務から時間制約のあるフルタイム勤務への移行について、特に一時的な短時間勤務の場合は、制度設計の段階からフルタイム勤務への復帰をどう図るかという点を考慮しておく必要がある。

女性活躍推進法の施行に伴い、ワーク・ライフ・バランス支援の観点から短時間勤務期間の延長を検討する企業も一部にみられるが、期間延長はフルタイム勤務への復帰を先延ばしにし、難しくするリスクもある。あくまでもフルタイム勤務への復帰を前提とするのであれば、期間延長については慎重に検討する必要があるだろう。

企業が短時間勤務者をフルタイム勤務に復帰させようとするのは、採用時から期待する役割に合わせて行ってきた教育等の初期投資の回収、採用時から想定されている処遇に合わせた活躍を実現させようとするためである。

このように、働き方が採用時の期待に帰趨するのは、社員の多様な働き方へのニーズに対応するという面では、むしろ逆の動きだともいえる。にもかかわらず、やはりフルタイム勤務への復帰が前提となるのは、処遇変更が下方硬直的であり、かつ、途中段階では変更がなかなか難しいことも関係している。

社員の多様な働き方へのニーズにどう対応するかについては、働き方に合わせた処遇変更とセットで、今後、検討の俎上にのぼってくる可能性がある。

時間制約のあるフルタイム勤務への移行については、時間制約のないフルタイム勤務、短時間勤務のどちらからの場合についても、いずれインセンティブや処遇の見直しが必要な段階に入ってくると考えられる。

つまり、労働時間の制限や働き方の柔軟化による働き方改革の次の段階として、インセンティブや処遇という人事管理政策の見直しが問われることになる。さらにいうと、働き方改革は経営戦略にもかかわるものである。働き方改革をより実効的に進めていくためには、人事管理政策、さらには経営戦略へと、改革の射程を広げていく必要があるだろう(*6)。

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(*6)働き方改革においては、商慣行を含む顧客との関係がネックになる場合も少なくない。企業が経営戦略として顧客とどう向き合っていくかという点も重要だが、前述の一億総活躍プランでも言及されている法規制(下請代金法、独占禁止法)の執行強化といった政策的な後押しの必要性も高い。また、大規模小売店舗法は、排他的な市場慣行への批判を契機として廃止され、かわって大規模小売店舗立地法が創設された経緯があるが、店舗の営業時間規制については、働き方改革の観点から改めて議論の俎上に乗せる必要があるかもしれない。
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松浦 民恵(まつうら たみえ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

最終更新:7月18日(月)20時20分

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