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《白球の詩》夢の続き 友に託す 沼田・本多寛道投手

上毛新聞 7月18日(月)6時0分配信

◎元同級生と真っ向勝負

 同点の七回表2死三塁。失点したくない場面で、バッターボックスには旧知の友が立った。前橋工の主将でクリーンアップを担う捕手の下城歓多。少年野球のオール新治で5年生の時からバッテリーを組み、みなかみ新治中野球部でも一緒だった。

 「いいところで打順が回ってくるんだな」。バッティング技術は中学時代からはるかに上達しているだろうが、打たれる気はしない―。意識はしなかったはずなのに制球が定まらなかった。「自分の弱さがここぞという場面で出てしまった」。フルカウントで9球目を投じた勝負の1球はバランスが崩れた。暴投となり、三走が生還する勝ち越し点を許してしまった。

 小中学校ともに野球チームに同学年は3人しかいなかった。今も野球を続けているのは下城と自分だけ。思い出を挙げることが難しいくらい長い時間を一緒に過ごした。運動神経が良く、上級生に交ざり主軸を任されていた下城に憧れもあり、野球を続ける上で大きな存在だった。

 高校では強豪校への進学も考えたが、中学3年時に夏の県大会で16強に残った沼田に決めた。「甲子園を懸けて試合できるといいな」。そう約束し、2人は初めて別の道を選び練習に励んだ。

 前工とは2度対戦した。1年時の若駒杯では4点差をひっくり返して逆転勝利。昨秋の中毛リーグ準決勝では1点リードしながら九回2死から追い付かれ、延長で敗れた。同点の適時打を放ったのは下城だった。夏の抽選で前工のブロックを引き当てた時は「悔しさを晴らすチャンス」と気持ちが高ぶった。

 初戦の中之条戦では12奪三振で完投したものの中盤で足がつり、味方の打線に助けられて辛勝。試合後に下城から無料通信アプリ「LINE」で連絡があり体調を気遣われた。「余裕だよ」と返した。

 高校最後の夏。待ちに待った下城との対戦は5度。いずれも走者を背負った場面だった。「自分は負けない」と信じて全力で投げ、安打は許さなかった。無安打に抑えられた5番打者も「自分と(バッテリーを)組んでいた時には、なかった変化球を投げた」とライバルの成長を感じ取っていた。

 試合終了後、本塁前で整列した後に下城と言葉を交わした。「頑張れ」。泣いた顔を見せたくなくて笑顔で手を握ると「頑張るよ」と応えてくれた。

 約束した甲子園を懸けた試合は悔しい形で終わった。「俺が達成できなかった夢なんだから、おまえは絶対に甲子園に行けよ」。小さい頃から一緒に白球を追い続けた友に、思いを託した。(前原久美代)

最終更新:7月18日(月)7時42分

上毛新聞