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目の病に負けず鼓舞 富山工3年・宮島君 

北日本新聞 7月18日(月)0時45分配信

■続けた野球、両親に感謝

 富山工業高野球部の宮島啓輔君(3年)は生まれつき視界が曇って見える目の病と闘い、両親のサポートで野球を続けてきた。高校では膝痛で1年以上練習できない時期もあった。「情けなくてごめん。ホームランを打って恩返しする」。両親に誓った約束を、5月の練習試合で果たした。目標だった全国高校野球選手権富山大会のメンバーからは漏れた。17日の初戦、スタンドには太鼓をたたいて仲間を勇気づける宮島君の姿があった。

 目の異常が発覚したのは小学1年生の時。原稿用紙のマスに収まるように文字が書けず、「先天性白内障」と診断された。「このままだと失明します」と言われ、専門医がいる愛知県の病院で手術を受けた。「雨ってこんな風に降っとるんや」。退院後、宮島君が口にした言葉を父の秀和さん(51)は忘れられない。

 手術後も時折、頭や目の痛みに襲われ、通院を続ける日々。支えとなったのが、野球だった。富山工OBで元高校球児の秀和さんの影響から小学3年生のとき野球チームに入り、のめり込んでいった。目の状態も少しずつ良くなり、6年生では主将も務めた。

 秀和さんの背中を追うように入部した富山工野球部でも試練は続く。1年生の夏、練習中に左膝に激痛が走った。原因は不明。両親が県内外の病院や接骨院に連れていってくれたが、良くならない。

 同級生の上達を横目に不安や焦りが募った。「なぜ自分だけ、こんな不幸な目にばかり遭うんだ」。自宅の風呂場で泣き続けたこともあった。

 たとえプレーができなくても、野球を投げ出すことはなかった。帰宅後の素振りや筋トレ、ストレッチが習慣に。いつも秀和さんがそばで見守り、アドバイスをくれた。膝は徐々に痛みが引き、2年の夏、練習に復帰できた。筋トレの成果だろうか、バットが軽く感じられ、長打力がついていた。引退まで残り1年余りとなった2年生の5月、両親に手紙を書いた。「目標はホームランを打つところを両親に見せることです」

 今年5月8日の母の日。中央農との練習試合で人生初の柵越え本塁打を放った。秀和さんと母の優美子さん(46)はスタンドで目に涙をためながら最高の“プレゼント”を見届けた。

 最後の夏はベンチ入りできず、応援席で迎えた。力強く太鼓の音を鳴らし、フェンス越しに仲間に声援を送った。試合は惜敗。宮島君は涙を見せず、気丈に振る舞っていた。そんな様子を見て、優美子さんは息子の18年間が頭を巡り、涙が止まらなかった。

 「野球で得られた仲間や思い出は数えきれない。続けさせてくれた両親に感謝したい」。宮島君は晴れやかな表情で球場を後にした。(社会部・小幡雄也)

北日本新聞社

最終更新:7月18日(月)0時45分

北日本新聞