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架橋前の「渡し」再現 親川さん夢かなえる

琉球新報 7月19日(火)5時0分配信

 【大宜味】沖縄八景の一つ、塩屋湾で3日、渡し船による「渡し」が再現された。この日は抜けるような青空。船に乗っているのは国頭村の宮城久和村長と「渡し番」(船頭)を務める白浜区長、親川富成さん。
 「渡し」とは塩屋湾に橋が架かる以前の交通手段。1933年の湾内道路一周開通後も塩屋湾周辺の地域では船による「渡し」が主な交通手段だった。
 この「渡し」の再現は親川区長の熱い思いで実現した。始まりは公民館に飾られている58年ごろに撮影したとみられる「渡し番」の写真。船の縁に座っている学生の消息を捜していたところ、宮城村長であることが判明した。
 さらに数年前、国頭村長は白浜区を訪問し「渡し」の写真に写っている中学生の自分に対面し、当時に思いをはせていたという。この写真は大宜味村史編さん委員会発行の「渡し番~語り継ぐ戦場の記憶」にも掲載されており、再現への思いはますます深くなった。
 親川区長の熱い思いが、偶然白浜区を訪れた友人の島袋貞弘さん(今帰仁村)に伝わり、島袋さんが伝馬船を提供することになった。この船は越来造船(うるま市)が製作。長崎県佐世保造船所で展示されていた伝馬船を目にした島袋さんが、10年ほど前に渡し船の再現を夢見て依頼して造らせていたという。
 渡しの再現に宮城村長は「中学生から高校生の頃、父親が塩屋小中学校に校長として赴任していた。当時、よく『渡し』を利用していた。今回このような機会に恵まれうれしい。大変感謝している」と笑顔で話した。
 一方、「渡し番」を務めた親川区長は「写真を見た時から再現を夢見ていた。実現できて最高の気分だ」と喜んだ。
 目が覚めるような青空の下、塩屋湾でそれぞれの思いが糸をたぐりよせるように夢がかなった「渡し番」再現の写真になった。(安里郁江通信員)

琉球新報社

最終更新:7月19日(火)5時0分

琉球新報