ここから本文です

“IoTの隠れた勝者”ARM買収でソフトバンクが狙うもの

EE Times Japan 7月19日(火)18時1分配信

■機器の頭脳として欠かせなくなったARMコア

 SoC(System on Chip)、マイコンなど、組み込み機器の頭脳となる半導体デバイスを開発する上で、ARMのCPUコアIP(Intellectual Property、知的所有権)は、「必須」といっても過言ではない状況になりつつある。

【ARMコア搭載デバイスの年間出荷量推移の画像などへ】

 ARM製CPUコアIP(以下、ARMコア)は、携帯電話機用アプリケーションプロセッサのCPUコアとして世の中に登場した。開発サイクルが極めて短い携帯電話機において、携帯電話機のキーデバイスであるアプリケーションプロセッサを作る半導体メーカーも開発負担が増し続けていった。そうした中で、アプリケーションプロセッサ開発の中で最も時間とコストが必要なCPUコア開発を外部から調達し、開発負荷を軽減する動きが出始め、携帯電話機に主眼を置き低消費電力性能で優位性を発揮したARMコアが、さまざまなアプリケーションプロセッサメーカーに採用されるようになった。

 そして迎えたスマートフォン時代。スマートフォンのOSは「iOS」と「Android」という、携帯電話機で業界標準だったARMコアで動作することを前提にした2つのOSに集約された結果、ほぼ全てのスマートフォンがARMコアベースで動作するという、IntelがPCで成し遂げた“独占状態”を、ARMはスマートフォン市場で達成した。

 ARMコアの勢いは、携帯電話機、スマートフォンにとどまらない。PCを除く全ての機器、すなわち組み込み機器のプロセッサ/マイコンでも“独占状態”を築きつつある。

■携帯/スマホのエコシステムでマイコンでも標準に

 マイコンはそれまでCPUコアの性能がすなわち、マイコンの性能とされ、各マイコンメーカーが独自のCPUコアを開発して競い合ってきた。しかし、2000年代に入りCPUコア性能が一定の処理性能に達し、処理性能よりも消費電力性や、CPUコアの周辺機能に競争領域が移り始め、ARMもマイコン用のARMコア「Cortex-M」シリーズを投入し、多くのマイコンメーカーに採用されていく。数あるCPUコアの中からARMコアが支持を得られたのには、そのCPUコア性能とともに、ソフトウェア開発ツールやソフトウェアの潤沢さがあった。

 CPUコアごとに異なる開発ツールだが、ARMコアの場合、既に携帯電話機領域で標準となっていて、多くのツールが出回っていた。さらに、ソフトウェアも携帯電話機向けに開発されたものをARMコアであれば大きな変更を加えず移植できるというアドバンテージがあった。そうしたARMが「エコシステム」と呼ぶ、CPUコアの影響が及ぶ周辺環境の充実ぶりがマイコンユーザーに支持され、競争要素が薄れつつあるCPUコアの開発負担を軽減したいマイコンメーカーは次々と、マイコンの新製品シリーズにARMコアを採用していった。

 NXPセミコンダクターズやSTマイクロエレクトロニクス、富士通(現・サイプレスセミコンダクタ)など中堅マイコンメーカーを皮切りに、2011年にはPowerPCなど著名なCPUコアを持ち、マイコンシェア2位だったフリースケール・セミコンダクタ(現・NXPセミコンダクターズ)も汎用マイコンにARMコアを採用。そしてマイコン世界シェア30%前後で首位に君臨し、独自コアマイコンの展開を貫いてきたルネサス エレクトロニクスも「CPUコアはいわばツール、手段のようなもので、必ずしもCPUコアにこだわらない」と2015年にIoT機器向けマイコンのCPUコアにARMコアを採用。マイコンでもCPUコアの標準は“ARMコア”という流れが完全に出来上がっている。

 実際、ARMコアが搭載されたデバイスの出荷数は、2009年は50億個に満たなかったが2015年は148億個に達した。この急激な伸びは、出荷数量の多いマイコンでの採用数増が主因だ。

 今後、到来が予想されるIoT(モノのインターネット)の時代に、ネットワークにつながるモノの頭脳のほとんどは、ARMコアになる可能性が極めて高い状況だ。

 PC以外の組み込み機器のCPUコアとして標準の地位を得て、さらにはIoTでも標準となる可能性が高いARMが、ソフトバンクグループに今後数カ月以内に3.3兆円で買収されることになった。

■ソフトバンクの狙いは?

 通信事業、インタネットサービス事業、コンテンツ事業を手掛けるソフトバンクと半導体IPベンダーのARMとは、直接的な関係性は全くない。ソフトバンクグループ社長の孫正義氏も「今すぐに直接的なシナジーを発揮することはない」と2016年7月18日にイギリス・ロンドンで開いた会見で明言している。

 では、なぜ、ソフトバンクはわざわざ、3.3兆円もの大金をはたいて、ARMを買収したのか。ARMは今後、ソフトバンク傘下で、どうなるのだろうか。

 ソフトバンクの関心はARMの持つ、半導体/組み込みシステム業界の隅々まで深く根ざす“エコシステム”にあることは間違いないだろう。

■IoTの情報を獲得できる

 組み込み機器で標準となったARMには、あらゆる半導体メーカー、ソフトウェアメーカーの情報が舞い込んでくる。各半導体メーカーは、次世代のARMコア開発に、自分たちの要望、すなわち次世代のSoC/マイコンに必要な要件を盛り込んでもらうべくARMに情報を伝える。ソフトウェアベンダーも同様だ。いわば、半導体というハードウェアベンダーとソフトウェアベンダーの両方が考えていることを、全て把握できる地位にある。同時に、組み込み機器業界の現状がどうなっているかも、チップ搭載当たりで得ているロイヤリティー収入からもつぶさに知ることができる。

 こうした情報は、ARMでしか知り得ない情報だ。そして、これらの情報は、通信/インターネットサービス事業者にも有益であり、投資家としては、なおさら有益だろう。しかも、「パラダイムシフトの入り口」(孫氏)というように、スマートフォン/モバイルインターネットの時代から、IoTの時代へと移行するのであれば、“ARMに集まる情報”は、一層、価値を増す。IoTに関する確かな予測がない中で、IoTの末端を支えるあらゆる組み込み機器の開発動向が取得できる立場にいるという価値は、相当に大きいはずだ。

■価値を“源流”から生み出せる

 ハードウェア/ソフトウェアより上流に位置し、ほぼ全ての機器の“源流”に位置するARMに、直接接触でき、一定の影響を与えられるようになる点も大きいだろう。例えば、孫氏が会見でも触れた「セキュリティ」がそうだ。

 組み込み機器が通信につながるIoTでは、組み込み機器にもセキュリティ対策が必須になる。組み込み機器の安全性を担保する上で、CPUコアレベルでセキュリティ対策が重要になり、既にARMもセキュリティ機能をCPUコアに盛り込んでいる。しかし、CPUコアレベルで十分な対策が講じられるわけでもない。その不足分は、CPUコア周辺のハードやソフトウェアで対応することになり、それでも不足した場合は、通信事業者/サービス事業者が補うことになる。

 仮に、CPUレベルから密に接触できれば、前もって、将来、通信事業者/サービス事業者として必要な対策を的確に打つことができるようになる。通信事業者/サービス事業者視点の考え方をCPUコアレベルから反映できれば、優れたセキュリティシステムをより迅速に構築できる可能性もある。

■時間はかかるが……

 こうしたARM買収のメリットを発揮するには、相当な時間がかかるだろう。孫氏も今回の買収を囲碁の布石に例え「上手な人は、(局地戦が行われている)近くにばかり石を置かず、離れた位置に石を置く。その離れた位置の石が、50~100手後に大きな意味を持つ」とし、5~10年先将来を見据えた一手であるとする。

 ソフトバンクは今後、ARMを完全子会社化して非上場にし「投資家に左右されず、先投資をひるまず行える」(孫氏)との環境作りや、イギリスでのARMの従業員数を2倍に引き上げるなどし、ARMの研究開発加速を支援していく方針。さらに「現経営陣は優秀であり、日々のオペレーションに口出ししない」と、ARMの経営方針が大きく変わることはなさそうだ。さらに、孫氏は「中立的な立場を維持する」とし、半導体事業など、ARMと直接関わりを持つ事業領域への進出も否定した。

 その上で孫氏は「ARMの中長期的な戦略には深く関わって、議論し、鼓舞していく」といい、IoTでの勝ちを約束された数少ない企業であるARMを通じて自身の思い描くIoTの実現を目指す考えだ。

 ARM自体も、これまで、マイコン分野に進出するなどIoT領域での成長を模索してきており、ソフトバンクとの方向性は一致する。ソフトバンクの資金的なバックアップと通信事業者/サービス事業者としての知見は、ARMにとって有益だろう。ソフトバンク、孫氏が描くIoT世界が正しいものであれば、今回のARM買収は、IoTの時代の到来を早めるものになるはずだ。

最終更新:7月19日(火)18時1分

EE Times Japan