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【終末期医療】 最後の決断は自分で下す。それが家族への愛。

マネーの達人 7/19(火) 5:10配信

ただ「生きながらえる」ことがいいのか

「長生きをしたい」というのはほぼすべての動物の本能であり、願いだろう。では、ただ生きながらえることができればそれでいいのかというとそうではない。

心も体も健康で充実した人生を送り、ある日ぽっくり眠るように逝く、というのが理想だ。だがもちろん実際はそうではないことのほうが多い。

高齢化による医療施設や老人ホームの不足、少子化による年金制度・国民健康保険制度の崩壊など日本の未来は決して明るいとはいえない。

勤労世代の負荷を少しでも減らすためには限られた医療費は有効に使われなければならないのだ。そこで今問題にされているのが終末期医療だ。

身体中にチューブをつけられる入院生活

たとえば日本の病院や施設では、高齢者に対して胃ろうと呼ばれる医療行為が行われることがよくある。口からものを食べることができないので鼻や静脈などにチューブを通したり、腹部に穴を開けて胃に直接流動食を送り込むことで人工栄養をとるというものだ。

自分で呼吸ができなければ気管切開をして人工呼吸器をつけられ、動くことが困難であればおむつをつけられる。

ボケているならまだしも、頭がしっかりしているのに入院生活の少ない楽しみの一つとも言える食事をすることもままならず、身体中にチューブをつけられてベッドに縛り付けられる、そんな最期を迎えたい人はいるだろうか。

また、見逃せないのはその医療費だ。保険に加入していない患者が高度先進医療を受けたりすれば、場合のよっては1週間で1000万円を超える医療費が発生することだってある。

さんざんお金をかけて治療した末に植物人間状態となり、そのまま最期を迎えざるをえないというのは正しい医療なのだろうか。

延命治療は本当に必要だろうか?

本来、人間は終末期を迎えると脳内麻薬であるβエンドルフィンや血中のケトン体の分泌などにより極めて楽な状態で死に至ることができる仕組みになっているらしい。

そんな「安らかな」死は無駄な延命治療によって患者本人にとっても家族にとっても精神的・肉体的、そして金銭的に負担の大きなつらいものに変わってしまうことがある。

無駄に命を延ばすだけの延命治療に果たして意味があるのだろうか? 生かせる命を救うのが医療だ。だが、ただ生きるのではなく「どうやって」生きるのか、それこそが大切なのだ。より自然で尊厳ある最期を迎えるために。

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最終更新:7/19(火) 5:21

マネーの達人