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言葉そぎ落とし心を表現 舞台「檀」で 演出家・合津直枝

カナロコ by 神奈川新聞 7月19日(火)15時44分配信

 俳優の中井貴一(54)と、女優の宮本信子(71)による2人だけの舞台「檀」が19日、草月ホール(東京都港区)で始まる。

 「檀」はノンフィクションライターの沢木耕太郎(68)が、作家、檀一雄(故人)の妻・ヨソ子に「妻から見た檀についてを聞かせてほしい」と申し出て、1年間をかけたインタビューをまとめた作品。ヨソ子は昨年92歳でこの世を去ったが、沢木の取材は、檀が愛人との生活を描いた遺作「火宅の人」にも及んだ。舞台では沢木の原作を元に、企画・演出を手がける合津(ごうづ)直枝(なおえ)が台本を書き下ろした。

 ソファが置かれただけの空間で台本を手に、中井は取材者のサワキを、宮本はヨソコの言葉を追いかけていく。

 「改改改」。何度も練り直された跡がうかがえる台本には、合津が沢木を取材して知った、物語に収められなかった“事実”が散りばめられている。

 合津はテレビプロデューサーとして、視聴率など結果を追いかけてきた。ヒットにつなげる仕掛けは承知している。しかし、東日本大震災後、「もっと」と盛り込むのではなく、そぎ落とした中で浮かぶものを追究するようになった。

 「(映像)編集も情報をそいでいくと、伝えたいことが輝いてくる。『檀』では、閉じていたヨソコの心が、サワキとの会話によって解放される様子を蕾(つぼみ)がふくらみ、花びらが開くように伝えたい」

 台本の執筆前には、沢木とも対話を重ねた。「なぜヨソ子さんを取材をしようと思ったのか」

 沢木は「小説の中に捕らわれている姫を救い出したいと思った」と答えた。沢木がヨソ子の元に出向いた1年の間には、「取材をやめてほしい」と吐露されたこともあるという。ヨソ子の告白に、「自分が書くことで、人が傷つくならやめましょう」と沢木は告げた。

 3時間ずつ、2度会った沢木との話の中で合津は「桜の花の香り、雨にぬれた日。沢木さんとヨソ子さんの姿がくっきりとし、そして沢木さんの義俠心(ぎきょうしん)にも胸を打たれた。私が質問することよりも自分の話をする時間が長くなって。これが沢木さんの取材力か!と」。話を引き出す力に舌をまいた。

 沢木にうながされ、語り始めたヨソ子は、それをきっかけに「火宅の人」を通読した。夫である檀の言葉に苦しんだが、話すことで心の乱れを収め、最後は「もう一度、妻になれたらもっと上手にできたかも」という境地にたどり着いた逸話を残した。

 幕開けを1週間後に控えた稽古場。互いの熱を体感した中井、宮本が「もっと言葉を減らしてもいい」と口をそろえた。熟練した俳優陣は、生まれた余白で、心の揺れを表現することを選んだ。

 合津は「優しい“喝”が入った」と笑う。役者魂を輝かせるために。10ページ近く削り、台本には、また一つ「改」が増えた。

 「舞台はテレビと違って、エネルギーを感じ取った観客が会場を揺らすのがよく分かる」。巻き戻せない濃密な時間。「シンプルでも豊かな物語を届けることが晩年の仕事」と60歳を越えた合津はいま、感じている。

 「舞台には、物語と役者の魂だけがあればいい。物にあふれる演出はテレビでやってきた。誰もやったことがないものを、やってみたい」と目を輝かせた。

 台本を手にした中井と宮本は、「これはやりがいのある本だ」と火がついた。新しい表現の扉を開き、生きてきた同志がそろった舞台。行き先は分からなくても、船があれば乗ってみようという好奇心が、稽古場に満ちていた。

 24日まで上演。

最終更新:7月19日(火)15時44分

カナロコ by 神奈川新聞