ここから本文です

クラウド導入で負担が減ったフジテックの情シスがやっている仕事

ITmedia エンタープライズ 7月20日(水)15時38分配信

 「情報システム部門と現場との間に距離がある」――。エレベータ大手、フジテックの情報システム部門に部長として入社した友岡賢二氏は、こう感じたという。

【画像】友岡氏はクラウド導入で負担が軽減した情報システム部門に新しい役割を根付かせた

 フジテックといえば、エレベータ業界の中でもいち早く事業のグローバル化に取り組んだ企業。今や世界25の国と地域で事業を展開しており、海外での売上が6割を超えている。国内外に多くの拠点を持ち、拠点間の連携はうまくいっているにもかかわらず、本来、一体であるはずの「現場のプロセスとIT」がかみ合っていなかったというのだ。「プロセスを深く理解しないままシステムを作っていたり、作ったシステムがどう使われているのかへの関心も薄かったですね」――。友岡氏は当時をこう振り返る。

 モバイルとクラウドの活用が遅れているのも気になる点だったという。「普通の人々の暮らしがクラウドとモバイルでどんどん変わっているのに、社内に目を向けるとワークスタイルが旧態依然として変わっていないんですね。改革の必要性を強く感じました」(同)

 こうして情報システム部門の改革に乗り出した友岡氏は、どんな方法で現場とIT部門の距離を近づけていったのか。そのプロセスを聞いた。

●クラウド化で変わる情シスの役割

―― 情報システム部門をどんな風に変えていこうと考えたのですか。

友岡賢二氏(以下、友岡氏) これからの情報システム部門の姿を考えるヒントになったのは、2冊の書籍でした。1冊は、米テクノロジー思想家のニコラス・カー氏が書いた「クラウド化する世界」、もう1冊は、その2年前くらいにジャーナリストのトーマス・フリードマン氏が書いた「フラット化する世界」です。

 ニコラス・カー氏は著書の中で、「情報システムは最終的に電気やガス、水道と同じようなユーティリティになる」と言っています。彼は当時、既に登場していたGoogleやTwitter、FacebookやAmazonなどのWebサービスを見て、そう書いたんですね。

 実は、海外拠点で広域の停電が起こった時に、まさにそれを実感しました。発電機があるので問題ないと思っていたのですが、数時間もすると燃料が尽きて止まってしまったのです。自分たちでいくらお金を掛けても、1社でできるシステムのケアには限界があることを思い知りました。

 もう1つ「フラット化する世界」に書かれていたことも印象的でした。これまでは国や企業がパワーを持っていましたが、インターネットの普及によって個人や国、企業はフラットな関係でコミュニケーションが可能になるというんです。グローバル化が進む中、企業ではなく個人の力でITを使った革新が進んでいくという見方に共感しました。

 その後、2011年に東日本大震災が起こりました。住民を守るために行政はさまざまな情報を発信しなければならなかったわけですが、機器が壊れたり津波に流されて、なかなか思うようにいかなかった。そんなときに、一般の人々がTwitterを使って「ここに物資が欲しい」「ここに支援の人が必要」というやりとりを始めました。ここでコンピュータを取り巻く世界が大きく変わった気がしたんです。AWSが日本のリージョンを立ち上げたのも、ちょうどこの時期でした。

 個人の体験でいえば、システム運用現場の苦労と、コストが掛かって大変なことが感覚的に分かっていたので、AWSが使えるようになった時にクレジットカードさえあれば10分くらいでサーバを立ち上げられることに感動しました。

 AWSのS3のサービスを立ち上げて、自分の撮った写真をアメリカのリージョンにアップロードして、それをヨーロッパのリージョンに移す――ということを、自分のPCから簡単にできてしまうのを体験したのは大きかったですね。こうした経験を経て、世の中が新たな方向に進んでいく中では、企業もそのエコシステムの中で変わっていくべきだと思ったのです。

●今や、クラウドのほうが安全?

―― クラウド化については、セキュリティ面の不安などから反対する声も多かったのではないでしょうか。

友岡氏 国外に情報システムを持つということに対して、さまざまな課題や懸念があるのは当然のことです。しかし、結局はどのリスクを取るかという話だと思うんです。リスクを議論する時によくあるのが、世間一般の基準と社内の基準を比べた時にどれだけ妥当性があるのかという視点。この視点でもう一度、リスクそのものを見直す必要があるんです。

 ITの世界は常に不完全なまま発展していきますが、不完全ながらも徐々に進化しながらプラットフォームとして使えるようになっていきます。スタートアップであれば早い段階で導入できると思いますが、大企業になればなるほど導入が遅くなるのは仕方がないことでしょう。それでも今は、“クラウドの方が安全”といえる企業が大半だと思います。

 しかし、それを阻止するという点で、古い考えのSIerと情報システム部長の利害が一致するんですよね。互いに傷を舐めあうことで、変われない構造を作っている。情報子会社を作った時に、SIerとパートナー関係になっていたり、そこがデータセンターを運営していたりするような構造になっている会社も実は多いんですよね。

―― クラウド導入の効果をどのように見ていますか?

友岡氏 フジテックも、一気に全てをクラウド化したわけではなく、まずは一部のサーバをAWSに移行して、データセンターの面積をほぼ半分にしました。徐々にデータセンターを縮小して、コストを下げていく感じですね。今、お金を払っているデータセンターのコストが聖域のように扱われる文化はおかしいと思いますね。

 今まで何の疑問も持たずに払ってきた費用が、少し見直すだけで、安く信頼性の高いものにできる。しかも“安かろう悪かろう”じゃなく、安くて早くて、しかもうまいわけです。当社の場合、サーバは一度購入すると5年間は同じものを使うため、これまではこの期間中には全く性能が進化しなかったのですが、AWSに移行してからは常に新しく、ハイスペックなものを使えるようになりました。

●IT部門が“業務現場の言葉”で語れるようになるために

―― クラウドの導入で、情報システム部門の業務はどのように変わりましたか?

友岡氏 Google Apps を例にとると、開発不要でサービスを使えるところが大きいですね。これまではサービスを作るところにエネルギーを使っていましたが、今は「いかにうまく現場に役立つ形に仕立てて現場に定着させるか」を検討する部分に人員を配分できるようになりました。

―― 具体的にどれぐらいの比率で業務分担が変わったのでしょうか?

友岡氏 これまでは6割が基盤寄りだったのですが、今は1割が基盤に、9割がビジネスのサポートに変わりました。これまで情報システム部門の役割は、とにかくサービスを作ることでした。それが今では、最初に“現場の困りごとを理解すること”になったんですね。

 困りごとの吸い上げは、現場に行って聞くのではなく、現場で観察するよう指示しています。なぜかというと、現場に困りごとを聞くと、「情報システム部門だったらこれを解決してくれるに違いない」というバイアスがかかって、決まりきったことしかお願いされなくなるんです。最近では、いろいろな便利なツールが登場しており、これまで想像も付かなかったような形で困りごとを解決できるようになっているんですね。

 こうした背景から、まずは現場に行って、そこにいる人たちの仕事ぶりを観察し、引っ掛かりを感じたり大変そうに見えるところを見つけるようにしています。その時に解決策が分からなくても、世の中にあるさまざまなソリューションを見ているうちに、このツールがマッチするんじゃないか? と分かってくるんです。それを現場で困っている人に見せたり、プロトタイプにして持っていくよう指示しています。

 もちろん現場に持ち込んだ提案は、当たる時もあればダメな時もありますが、その中で、「これ、すごくいい!」と現場の人が絶賛するケースもよくあるんです。例えば、エレベーターのメンテナンス時に、これまでは電話で現場の状況を事細かに伝えていたのが、今ではビデオチャットで伝えたり、テキストチャットと写真で伝えたりできるようになったのもその一例です。

 最近、「情報システム担当者は手を動かすべきなのか、あるいは上流の手配師であるべきか」といった議論がありますが、私たちは、「手を動かす前に足を動かせ、現場に行って汗をかいて仕事を観察しよう」と言っています。

 現場のスタッフがどんな仕事をしているかをずっと観察し、その中から改善できる課題を発見してソリューションを探す。ソリューションを現場にあった形にデザインして、現場に持ち込む――ということを繰り返しています。

●情シス部門の改革で現場はどう変わったのか

―― 情報システム担当者に求められるスキルも、以前と変わったのではないでしょうか?

友岡氏 最も重要なのは、足が動くかどうかですね。足が動かない人材もいるんですが、動かすようにしなければいけない。その後に、心が動くと私は言っています。現場スタッフの痛みが分かる人、解決しなくてはならないという課題意識を持てる人が重要だと思っています。

 技術的なスキルは勉強すれば何とかなります。困りごとを解決したいという動機があれば、技術的なスキルの壁は容易に突破できると考えています。

―― 情シススタッフの役割が大きく変わった例はありますか

友岡氏 1人の情シススタッフの例がありますね。私が情報システム部門に入った時、彼女はバッチのプログラムを延々と作っていました。なんという人材のミスマッチなんだと思って本人に聞いてみると、もともとユーザビリティに非常に興味があって、勉強もしていたんです。人の働き方を変えることにも興味を持っていました。

 ちょうど働き方を変えるためのチームを立ち上げていたので、そこに彼女を異動させました。その部門ではまず、1カ月半ほど現場の手伝いをしてもらいました。エレベーターのメンテナンスなど、何でもやりましたね。

 そんな中、これから点検先に行くという時に、「どうしてこの人たちは点検先の地図を、その都度印刷して持って行くのだろう」とか、「いちいち電子メールを印刷して持っていくんだろう」と疑問に思ったんですね。

 当時は、モバイルに比べて機動性に劣るノートPCを持って点検先に向かっていたので、紙に印刷していたんですね。コンシューマーITではスマホとGoogleマップを使えば簡単に行き先を調べられるのに、企業のITは、オンプレの世界でしか動いてなかったから機動性がないままなんです。

 そこで、「これをすればこう解決できる」「こうすればこの人のカバンの中身は半分になる」「そもそもカバンを持つのは重いし、カバンを軽くすることでその人の仕事がもっとラクになる」という視点で、課題を見つけていきました。仕事に先回りして、情報が準備されているような、そんな風に現場を変えたいと思ったんです。

●情シスが業務現場に“スムーズに入っていく”ために

―― 業務の性質の違いを考えると、情報システム部門のスタッフが現場に入っていくのは難しかったのではないでしょうか。

友岡氏 自分から現場に飛び込める人と、飛び込めない人がいますが、やっぱり飛び込まなきゃいけないんですよ。

 現場のシステム改善で大事なのは、「顔が見えるところに情報システム担当を置くこと」、これだけです。フジテックでは、さまざまな部門に情報システム担当用のサテライトオフィスを作って、そこにスタッフを常駐させたいと思っています。

 現場のスタッフと一緒に働きながらいろいろな話を聞いていれば、いやでも現場のことが分かってきます。それが分かれば、ITを使ってどう改善すればいいかが分かってくるはずなんです。

 情シスについては、アウトソースすべきといった意見もあれば、内製でやるべきといった意見もありますが、現場の人から見たら、誰だっていいんですよ。横に誰か助けてくれる人が座っていれば、どこの人だっていい。情シスの組織の問題は、本質的には顔が見えるところで仕事しているかということだと思うんです。

 実際に物を作っている人や営業の最前線にいる人、建設現場で働いている人、エレベーターのメンテナンスをする人といった、“顧客との接点の最も重要な部分”は、意外と情報システム部門がカバーできていないのです。

 そういう意味では、個別具体的な現場の課題に対してソリューションを提供するのが情報システム部門の役割だと思うんです。「ルールだからこれを使ってください」というのではなく、現場の課題に最適化したソリューションを提供する必要があります。

 それを個別にゼロからスクラッチで作っていたら間に合わないので、プラットフォーム化したものの中でツールを組み合わせたり、足したり引いたりして提供するわけです。こうしたソリューションを提供していかないと、企業の情報システム部門の価値がなくなってしまうと思います。

―― 情報システム部門の仕事を変えたことによって、現場からはどのようなフィードバックがありましたか?

友岡氏 これまでは、PCでリポートを出すために事務所に帰らなくてはならなかったのがその必要がなくなったり、朝のメールチェックをBYODのスマホから通勤時にできるようになったりした結果、残業が減って家族と接する時間が増えたと喜んでいる人がいましたね。

 また、現場スタッフがさまざまな創意工夫をしてITツールを使うようになりました。Google Appsのフォームやサイトを使って、ビジネスアプリ的なものを作る人も出てきています。

 そういう意味では、全社員が情報システムに関わる人であり、ユーザーでもあり、私たち情報システム部門の仲間でもあり――というようになってきていますね。まさにこれが、ITのユーティリティ化だと思っています。

最終更新:7月20日(水)15時38分

ITmedia エンタープライズ