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荻原さん直木賞、実話を作品に 気付いた周囲の存在…新境地に至る

埼玉新聞 7月20日(水)6時30分配信

 第155回直木賞に決まった埼玉県の旧大宮市出身の作家、荻原浩さん(60)。受賞作「海の見える理髪店」(集英社)は「小さな奇跡」が起きた家族を描いた短編6本を収めた小説集。軽妙なユーモア小説に定評がある荻原さんだが、今作は実話を反映した切ない物語が多い。埼玉が誇る売れっ子作家である荻原さんは「自分一人で書いているつもりだったけど、意固地になるのをやめた」とデビュー20年目にして新境地に至ったと話す。

 荻原さんの子どもの頃の夢は「漫画家」。諸星大二郎や小林よしのりが好きで、友達と漫画を描き合ったりしていた。「だから絵には自信ある」。県立大宮高校卒業後、イラストやポスターで手腕を発揮しようと成城大で広告研究会に所属。広告制作会社に入社しサラリーマン生活を送るも、そこは苦労して作り上げた企画が「偉い人」の一言でひっくり返される世界だったと振り返る。「誰にも意見されず、文章を書いてみたい」と小説に引かれ始めた。

 フリーのコピーライターとして働きながら39歳で小説を書き始める。弱小広告会社のどたばたぶりを描いた「オロロ畑でつかまえて」が第10回小説すばる新人賞を受賞し41歳で作家デビュー。しばらく兼業していたが、小説の連載が2本決まった2003年から作家に専念。ユーモア小説だけでなく、シリアス、SF、ファンタジーとジャンルは幅広い。若年性アルツハイマーをテーマにした「明日の記憶」は渡辺謙さん、朝日新聞に連載された「愛しの座敷わらし」は水谷豊さんが主演で映画化されている。

 「海の見える~」は、集英社の女性編集者が飲みの席で漏らした床屋だった祖父と父親の切ない実話を聞いたのがきっかけ。すぐその場で「書かせてください」と志願したという。「時のない時計」は息子が父親の形見を時計店で修理する話だが、これも荻原さんが2年前に体験した出来事だ。

 窮屈だった会社員時代の反発からなのか、小説家に転向してからは「人の意見を聞かずにやる」ことを作家の矜持(きょうじ)と捉えていた。だが今回の作品を通し、「自分一人でやっているつもり」が、実は周囲にいる多くの人を参考に書いていることに気付いた。荻原さんは「書くのはつらいことばかり。でも読者に面白いと思ってもらえれば幸せです」。

最終更新:7月20日(水)6時30分

埼玉新聞