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イエモンが存在し続ける理由、4万人に誓ったたまアリの夜

MusicVoice 7月20日(水)16時20分配信

 15年ぶりに“集結”したロックバンドのTHE YELLOW MONKEYが7月9日・10日、さいたまスーパーアリーナで、全国アリーナツアー『THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016』の埼玉公演を開催した。これは5月11日に代々木第一体育館から始まったツアーの一環で、全国12カ所24公演をおこなう。2月に発表された新曲「ALRIGHT」をはじめ、ヒット曲「バラ色の日々」や「BURN」など、まさにベストヒットと呼べる選曲で約3時間のステージを展開。15年の時を経てよみがえる熱い演奏で、2日間で動員した約4万人のオーディエンスを魅了した。

■未来を見つめながら最高の夜にしたい

 2001年1月8日の東京ドーム公演で活動休止、そこから2004年に解散を発表したTHE YELLOW MONKEY。今年1月8日に再集結を発表し、15年の時を経て活動を再開した。5月11日に、ツアーの初日となった国立代々木競技場・第一体育館での“復活ライブ”で華々しく再スタートを切った。


 全国をまわり、約2カ月ぶりに関東に帰ってきたTHE YELLOW MONKEYは、自身初のさいたまスーパーアリーナでの公演となった。この勇姿を目と耳に焼き付けようと各日約2万人のファンがここに集結した。

 スクリーンに表示されたカウントダウンがゼロになると定刻通りライブはスタート。割れんばかりの歓声がさいたまスーパーアリーナに響き渡った。そこに放たれたのは紛れもなくTHE YELLOW MONKEYの唯一無二のサウンド。15年が経った今も色褪せることのない輝きがあった。菊地英二(Dr)の存在感のあるシェイクビート、廣瀬洋一(Ba)の輪郭のあるランニングベース、菊地英昭(Gt)のソリッドなギターワーク、そのバンドサウンドの上に、オリジナリティあふれるセクシーでソウルフルな吉井和哉の歌声が乗り、THE YELLOW MONKEYにしか出せないグルーヴで、さいたまスーパーアリーナを満たしていった。

 吉井和哉(Vo.Gt)は「帰ってきました。ただいま~! 埼玉にはインディーズ時代から思い入れがありますので、今日は色々思い出しながら、そして未来を見つめながら最高の夜にしたいと思います」とこの地での意気込みを語った。

 注目すべきは2月に発表された最新曲「ALRIGHT」。今のTHE YELLOW MONKEYを形にしたバンドの期待を裏切らない楽曲に、オーディエンスは大きな盛り上がりを観せた。吉井はMCで「1989年に今のラインアップ(メンバー)になって、当時、埼玉のいろんなホールでイベントなんかをやらせてもらっていた。時代はバンドブームが終わりそうな時期だったと思うんですけど、この“へそ曲がり”なメンバー4人はバンドブームに乗っかろうとせず、独自のいつまでも歌っていけるナンバーを作っていこうぜと曲を作り出しました」と話していたように、再集結への決意と思いが込められたこの楽曲も、未来永劫歌い続けられることであろう。

■THE YELLOW MONKEYはもう一生解散しません

 この4人が紡ぎ出すサウンドは、様々なバンドに影響を与えてきた。バンドとしてのカッコよさ、気持ち良さが生のサウンドで鮮烈に伝わってきた。ゆらゆらと妖艶な動きの吉井のセクシーな姿に目を奪われる。ハイトーンボイスのボーカルが90年代を席巻する中、吉井の中低域の音域をメインに歌っていくスタイルは当時でも異色だった。独自のスタイルがここでも遺憾なく発揮されている。


 菊地英昭の艶やかなリードギターに酔いしれ、廣瀬のグルーヴィーなベースラインとコーラスワークに心踊り、菊地英二の存在感のあるドラムサウンドに体が自然と揺れる。そこにサポートキーボードの鶴谷崇の鮮やかな音色が彩りを添える。サウンド、ステージング含めこれぞロックバンド“THE YELLOW MONKEY”という、一体感のあるショウを魅せつけていった。アレンジがほぼ原曲に忠実に再現されていたのもファンには嬉しいポイントだろう。


 ライブ終盤に吉井は「THE YELLOW MONKEYの吉井和哉です。これからはこれがフルネームでもいいくらいです。THE YELLOW MONKEYが苗字、“の吉井”がミドルネーム、そして名前が和哉、“の吉井”さんと呼んでください。THE YELLOW MONKEYはもう一生解散しません。どうか皆さんの人生のBGMとして THE YELLOW MONKEYを仲間に入れてくれませんか? THE YELLOW MONKEYで音楽をやることが生まれてきた理由だと思っています。このメンバーでバカなロックンロールをやっていくぜ!」と、この先の未来もバンドを続けていくことを誓うと、オーディエンスの歓喜の声でホールは包まれた。

 そして、「この15年の歳月は、言葉では言い表せない感じなんですけど、2001年の1月8日、東京ドームで実質最後のワンマンライブをやらせてもらって活動を休止し、解散したんですけど、その時のライブでまたこうやって会えた時、お互い色々悔いのない人生を送っているようにと言葉を交わし合った記憶があります。メンバーにも15年間いろんなことがありました。勿論みなさんにもいろんなことがあったと思います。そして、この日本もいろんなことがありました」。

 「良く聞く嬉しい声で『THE YELLOW MONKEYがある世界を私たちは楽しんで良いんだ』という言葉を見るたびに自分も同じような気持ちになります。その15年も楽しかったし、その15年があって今のTHE YELLOW MONKEY SUPERがあると思っています」と語り熱の入った演奏と歌でオーディエンスの心を揺さぶっていった。


 月日を重ねるごとに楽曲は古くなっていくのは常だ。だが演奏されたTHE YELLOW MONKEYの音楽達はエバーグリーンなロックンロールであった。MCで吉井が話していた「いつまでも歌っていけるナンバー」を体現し、今の音楽へと昇華していく。往年のファンにはノスタルジックな気持ちにさせ、若い世代には新鮮に聴こえ目に映ったはずだ。このメンバーの今でしか出せないサウンド。そのステージにはバンドの生き様が刻み込まれていた。ここまで様々な経験をしてきた個々のキャリアの説得力がこのライブにはあった。

 ドラムスの菊地英二は終演後の客電(客席の照明)がついたところで「みんなに言われて嬉しい言葉があった。“生きてて良かった”というやつ、俺も生きてて良かった、生まれてきて良かった」と語りその言葉に思いを馳せた。

 「THE YELLOW MONKEYはもう一生解散しません」。この言葉にはもう希望しかない。(取材・村上順一)

最終更新:7月20日(水)16時20分

MusicVoice

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。