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忌野清志郎にも愛されたヒルビリーバップスとは、今も愛されるロカビリーバンド

MusicVoice 7/20(水) 17:04配信

デビューのきっかけは永瀬正敏のバックバンド?!

 ヒルビリーバップスという1980年代に活動したロカビリーバンドがいる。活動を休止して25年以上経った今でも、先輩から後輩へ、親から子へと新しいファンを産み続け、フォロワーが絶えない稀有なバンドだ。

 ヒルビリーバップスのデビューのきっかけは俳優・永瀬正敏のバックバンド探しであった。永瀬が所属していたキティグループは実写映画やアニメ制作から、レコード会社、俳優やミュージシャンを抱えるマネージメント運営まで手掛ける総合エンタメカンパニー。永瀬のバックバンド・メンバーを探していた担当ディレクターとマネージャーは、原宿にイキのいいロカビリーバンドが居るという情報をキャッチしていた。ヒルビリーバップスのライブに接したふたりは演奏の拙さに落胆するも、ボーカリスト宮城宗典の持つカリスマ性とスター性に着目。結局、永瀬バンドへの起用は叶わなかったが、ヒルビリーバップスはキティグループと1985年4月にマネージメント契約を果たす。

 1年間の合宿やリハーサルを経て1986年4月25日にシングル『微熱なキ・ブ・ン』でキティ・レコードよりデビューする。元々は原宿周辺で硬派なロカビリーバンドとして活動してた彼らだが、ボーカルのルックスの甘さからメジャー・デビューを機にレコード会社はアイドル路線へ変更。同年10月には、彼らをメインに据えたレギュラーTV番組「まんまとアイドル」をテレビ朝日の深夜枠でスタートさせるという破格のプロモーションが仕掛けられた。この功あって、徐々に女性ファンを獲得していく。

ボス=忌野清志郎との出会い

 しかしヒルビリーバップスが単なるアイドルバンドで終わらなかったのは忌野清志郎との出会いだ。担当ディレクターが、かつてキティ在籍時代のRCサクセションの担当という縁もありメンバーは清志郎と会う。特にボーカルの宮城は「おいらのソウル・ブラザー!」と可愛がられ、なんと清志郎から書きおろしの新曲『バカンス』をプレゼントされる。この曲は1986年7月25日にセカンドシングルとしてリリースされる。真夏をイメージした底抜けに弾けたポップナンバーながら、ロカビリー独特のヒーカップ唄法をもしっかりと組み込まれた『バカンス』は、口うるさい音楽ファンをも唸らせ、硬派な男性ファンを取り込んでいく。こうしてヒルビリーバップスは、男性と女性の両方から支持をされる珍しいポジションのバンドになっていった。

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最終更新:7/20(水) 17:04

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