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実用化に向かう8K技術群――技研公開で見えた8K放送の実現性

ITmedia LifeStyle 7月21日(木)6時25分配信

 前回に引き続き、5月下旬に行なわれた「技研公開」(NHK放送技術研究所の一般公開)のレポートをお送りする。前回は裸眼立体映像を中心とした未来の放送技術を取り上げたが、今回は8Kを中心とした「すぐそこの未来」がテーマだ。長年にわたってNHKの8K開発を見つめてきた麻倉怜士氏は、単板式フル8Kカメラやホログラムメモリ、あるいは地上波8K放送や次世代コーデックなどといった今年の8K展示からどんな未来を描くだろうか。

巨大なシート型ディスプレイ。4K OLEDを4枚並べて8K表示していた

麻倉氏:今回はより具体的な近未来映像技術である8K関連の話題をお話しましょう。前回も触れましたが、今まで映像の最先端技術というと、とくにNHKでは8Kが中心だったのが、今年は立体という新基軸へ移りました。つまり研究対象としての8Kはある程度完成したということです。8Kは昨年くらいで撮像から編集、伝送、表示という一連の流れをクリアしており、既に実用化研究のレベルで最先端を開発するフェーズは終了しているのです。

――今後の8K開発は「安定性や効率化など、汎用規格としての精度をいかに高めるか」というレベルが主題となる訳ですね

麻倉氏:そのような前提のもと、研究所として今後の8Kは研究開発として何を攻めていくかという方針が、今回の技研公開で示されました。1つは8Kの高度化です。一口に8Kといってもその概念は広い訳で、現行のハイビジョンも最初は走査線が650本でOKというゆるいものでしたが、次第に720本、1080本と進化していきました。この流れに例えると、今の8Kはいわば720pの段階です。実用化といってもその規格を“極めた”という訳ではなく「とりあえず入りやすい段階を作った」というのが現状なので、今後はいかに“本物の8K”へ移行させるための提案をするかというのが主題となります。

 8K高度化の規格としては、まずBT.2020(広色域)が挙げられます。HDRは入っていませんが、色域やDレンジは広く、8K解像度を持ち、フレームレートの規定値は60~120fpsです。では実際問題として出てくるテレビはどうかというと、まだ全てのテレビがBT.2020とはいかず、フレームレートは60fps止まりです。松竹梅の“梅”ですね。今回の展示では、どのようにして“竹”や“松”へ行くかという方針が出てきたということが極めて重要です。それが分かるのがアストロデザインの8Kカメラです。

――アストロデザインはこの連載でもお馴染みの、NHKの最新技術をサポートする映像機材の開発集団ですね

麻倉氏:従来の単板カメラはデュアルグリーン方式で、8Kの3300万画素のうちRGBが均等に配分されているのではなく、緑画素以外の色を減らすことで解像感を稼ぐという手法をとっていました。対して今回のものは1枚の素子でRGB各色がそれぞれ8K画素を持っています。つまり(サブピクセルの)総画素数が1億3000万画素のCMOSを使い、それぞれにカラーフィルターを同じ数だけ配置しているのです。

――4つのサブピクセルでフルカラーを表示するいわゆる「ベイヤー配列」で、いままではサブピクセルの総数が3300万個だったのが、今回は緑が6600万個、赤と青が3300万個ずつあるものを作ってきたということですね。確かにこれは大きな進化です。

麻倉氏:CMOS自体は一昨年の時点で開発されており、昨年の「NABショウ」で発表・展示されていました。これの何が凄いかというと、単板式でもRGB 3板式のものに引けをとらない色解像度を出せるカメラになったという点です。今回のデモではこれを使い、リアルタイムで撮影したミニチュアレイアウトをリアルタイムで85型8Kディスプレイに表示していました。出てきた映像は色の深み、彩度感、階調感など、豊富な情報量を持っていましたね。しかもカメラヘッドは4Kと同じくらいのコンパクトなものです。これからこのカメラはさまざまな撮影現場で活躍するでしょう。“小さい”ということは大きなアドバンテージで、8Kのコンテンツ制作にも大きな力を与えます。

 このカメラは色的にフル解像度であるというだけでなく、HDR撮影にも対応しています。8KのHDR映像は2015年の「CEATEC JAPAN」でHybrid Log-Gamma(ハイブリッドログガンマ:以下HLG)を使ったものが初披露されましたが、今回の技研公開でも8Kの新しいトレンドとして、HLGを用いたDレンジ拡張を展示していました。従来からいわれている色のリッチさと解像感の高さにHDRが加わることで、8Kの生々しさやリアリティーがより増します。そういった8K HDR映像が、この単板カメラでならばしっかりと撮影できるという訳です。

――8K時代に求められる性能をキッチリと搭載してきたカメラですね。ますます活躍の場が広がりそうです

麻倉氏:ただし、フレームレートは60fps止まりです。今後は120fps化することで、動画における8Kらしさをキープしようとしています。こういったところからも「8Kの高度化を目指す」とはどういうことか、分かりますね。

麻倉氏:これとは別に、次世代のCMOSイメージセンサーが初登場したのもかなり印象的でした。先程のアストロデザインは単板式でしたが、こちらは裏面照射型の3板式の8Kセンサーで、光を無駄なく取り込むことができます。

――裏面反射というとセンサー層が回路層の上に乗っている、光とセンサーの間にじゃまな物がないチップですね。ソニーのイメージセンサー「Exmore R」などが有名ですが、今回のものは何が凄いのでしょうか

麻倉氏:新CMOSのポイントはセンサーサイズが小さいことです。大きさは3分の2インチ、画素ピッチは1.1μmという微細なもので、フレーム周波数は実用に充分な240Hzに対応しました。映像は解像度が高まるに従ってブレに敏感になります。とくに8Kの場合、わずかなブレによってせっかくの解像度がかなりスポイルされてしまうため、フレーム周波数は非常に重要です。しかし解像度もフレームレートもデータ量の増加に直結するため、高速読み出し・高速書き出しがどんどん困難になってきており、8Kでの240fpsはなかなか実用化には至らなかったのですが、新センサーは画期的なことに小型化とフレームレートの高速化を同時に実現したのです。

 このCMOSは静岡大学との共同研究で、これがまた歴史の妙を感じさせますね。静岡大学工学部は旧浜松高等工業学校を前身に持つ、世界のテレビ発祥の地です。日本のテレビの父、高柳健次郎氏が1926年にイロハの「イ」を伝送して世界初の電子操作式テレビジョン(Tele-Vision:遠隔視)システムを開発、世界のテレビの扉を開きました。新時代のテレビを創るNHKが、テレビの歴史発祥の地である伝統の静大工学部と共同研究を行い、この度最新のセンサーを作った訳です。

麻倉氏:こうして速く解像度の高い次世代映像が撮影できると、次は保存、つまりアーカイブ技術と目が向くのは当然のことでしょう。それに応える新デバイスはホログラムメモリです。

――ホログラムメモリは昨年の技研公開でも展示をしていましたね。昨年は3cm四方の透明な角材に75GBもの大容量を記録できるという事で注目を浴びました。たしか麻倉先生は「“新しい酒は新しい革袋に”を体現する新時代のメディア」と評していました

麻倉氏:それなりに注目を浴びた初登場の昨年と比較をしてみると、今年のものはいくつかの変更点が見られます。まず開発において、昨年は技研内の単独開発だったのが今年は日立製作所と日立LGデータストレージが加わりました。展示のドライブはこの2社が開発したものを使用しています。外見は円盤形に変更され、レーザー波長も昨年の532nmの緑色から、今年は405nmの青色へ変更しました。DVDがBlu-ray Discに進化したのと同じく、波長を短くして容量アップに貢献しています。

 放送用コンテンツは法律で映像の永久保存が義務付けられているため、何かしらのメディアに入れておかないといけないですが、一般的に大容量ストレージの最右翼と考えられるHDDは長期間通電しないとそのうち消える、レガシー技術のエンタープライズ向けテープメディアは頭出しの問題がある、Blu-ray Discは多層化しても容量が少ない(現行規格では4層128GBが最大)と、決定打となるものはなかなか出てきません。

 そういったことを鑑みて、次世代メディアの本命はやはりホログラムディスクでしょう。今回の展示では直径13cmのディスクで2TBの容量を誇っており、これは3層Blu-ray Disc(100GB)の20倍になります。HDDの弱点である寿命は50年で、現行の各ディスクと同じです。今後の開発で特性を上げるとともにドライブを小型化してゆけば、8Kアーカイブメモリの決定版となるでしょう。

――その8K放送ですが、個人的にかなり気になる動きがありました。なんでも、地デジに8K化という動きがあるらしく、しかもNHKは結構本気で開発している様子です

麻倉氏:では次は「次世代地上放送システム」についてお話しましょうか。地上波での次世代放送はどうするかという動きは、公式にはまだ論議も始まっていません。ですが、BSがUHD(4K、8K)化するという今後の展開を考えると、縦走査線が1440本の“フルHDですらない”地デジはあまりに差が付いてしまって見劣りすることは間違いありませんね。

 地デジの進化という点では、まず大まかに4Kか8Kかという話題がありますが、そこはやはり(長年8Kに取り組んできた)NHKなので、4Kではなく8Kを目指すとなります。問題は地上波の伝送容量には制限があるという点です。BSやCSといった衛星放送と比べて容量問題は遙かに厳しく、ここをどう解決するかというのは見ものです。

――地デジが未だにフルHD化できないのは、現状ですでに電波帯域を目一杯使っているからですしね。これ以上の高品質化を狙うならば、物理的に帯域を増やすか、あるいはデータを効率化するかとなります

麻倉氏:技術提案として昨年出てきたのが、現行で横方向のみの偏波方向を縦横にして3次元方向に拡張するというもの。つまり物理的に帯域を増やすという選択肢です。対して今年は、現行と同じ平面波のみでの伝送にチャレンジしていました。縦横どちらかは明示されていませんが、これならば基本的に現行システムと同じなので、昨年のように新アンテナを導入するといった大きな変更はなしに次世代システムへ移行できます。

 問題はやはり伝送容量です。昨年は80Mbpsの帯域を確保できていましたが、今年は35Mbpsに低下しています。この減少分はHEVCの次世代コーデックを待つことで補うと同時に、信号そのものも進化させることで解決を狙っています。信号波における多重偏重の単位としてQAM(カム)という単位が用いられており、昨年の信号は64QAMだったものを今年は4096QAMへと大幅に細分化しました。とりあえず数を送って、特性が良いものだけを拾おうという考え方です。昨年の段階では地デジに割り当てられている5.57MHz帯の中におよそ5600の信号がつめ込まれ、その1つ1つが64QAMの情報量を持っていました。今年はそれを5.83MHzに拡張して信号量を倍以上の1万2000に細分化し、さらにそれぞれが4096QAMの情報量を持つという超高密度転送を達成しました。ただそうすると感度の問題が出てきますね。

 もう1つ、各チャンネルのセグメント分割も次世代では細分化されます。現行の地デジにおけるフルセグは13ですが、次世代のフルセグは35となります。これにより画質強化のみならず、多角的なサービス強化という方向性も表れ、極端な話では35サービス同時展開も可能となります。BSの8Kは2016年から実験が、2018年からは本放送が始まるということを考えると、やはり地上波もある時期からは8K化という方向性が明確に見えてくるでしょう。

麻倉氏:その次世代放送を実現するのに、次世代コーデックの存在は欠かせないものとなりますが、これに関する展示もありました。現行のデファクトスタンダードはUltra HD Blu-rayなどに用いられるHEVCですが、2020年以降を目標にして、これを超える高効率コーデック開発の是非がJVETで検討されています。

――放送系に関していうと、未だにMPEG-2という旧世代のものを使用していますね。HEVCと比較すると圧縮効率も画質もかなりの差が見られます

麻倉氏:MPEG-2は1992年、MPEG-4は2001年、HEVCは2012年と、映像コーデックはだいたい10年周期くらいで開発されています。これに則るかたちで次世代コーデックも2022年あたりを目処にやっていこうというものでしょう。これまで圧縮率は世代が変わる毎に倍返しで強化されてきましたが、効率化もかなり高度なレベルまで到達しているため、今回はとりあえず“3割増し”程度を目標にするということです。

 この新コーデックですが、ネット配信に活用しようという動きがあります。VODのようなネットを通じたサービスの場合は、コンテンツ制作の段階で重い処理を施すというように最初から作りこむことが可能で、それにより伝送の軽量化が実現します。これを使った次世代地上波放送は2020年代に現れて、2030年代にはおそらくこのコーデックで立体放送、というロードマップが見えてきますね。となると私の最後の仕事は次世代フォーマットを見守ることになるでしょうか。

――8Kの表示デバイスに関しては、昨年は300インチ特大スクリーンという大艦巨砲主義的な展示に驚かされましたが、今年も面白いものが多数ありありましたね

麻倉氏:1階展示場に今回の目玉として置かれていた、シート型8Kディスプレイがなかなか興味深かったです。NHK、アストロデザイン、LGディスプレイの3社によるもので、駆動系はNHKとアストロデザインが請け負いました。OLEDは液晶よりフレキシブルで、単純に薄いだけでなく将来的には巻き上げもできます。

麻倉氏:地下はもっと面白いですよ。完全にフィルム化したOLEDを巻き上げ式にして展示していました。これの注目ポイントは、ガラス基板ではなく巻き上げフィルム上に基盤を作るという点です。IGZO構造の酸化物TFTは高音真空という環境で溶剤を蒸着させるのですが、新技術では常温の空気中でもパネルやフィルムに溶剤を塗布することが可能で、スピン回転で滑らかにならしてホットプレートで蒸発させるという簡易な方法を取ることができます。

麻倉氏:問題は、不純物をいかに追放するかということです。製品化のボーダーラインとして、電子移動度が10[cm2/Vs]という数字がありますが、IGZOは不純物未処理で1.8程度と、基準の2割にも満たなかったものを、展示された新技術は不純物未処理でも5程度まで引き上げてきました。また、OLEDは酸素や水に対する劣化問題もあります。従来はガラス板を貼りあわせて酸素の封入を防いでいましたが、新技術はOLED層の上に空気を遮断する材料を置くことで、デバイスの寿命を格段に伸ばしました。これにより大画面8K OLEDのスクリーン化が見えてきましたね。再三指摘している通り、巨大ディスプレイというものは使わない時には目障りなノイズオブジェでしかありません。インテリア性と大画面性とメディア性を上手く両立させるためには、やはり大画面は巻き上げスクリーンであることが必要で、そのためにはOLEDやIGZO TFTなどの基礎技術が必要なのです。

――暗室環境も、プロジェクターのインストールも必要ないとなると、OLEDスクリーンは手軽に設置できる大画面としてかなり普及の可能性がありますね

麻倉氏:8Kは従来の延長ではなく特別なメディアです。OLEDスクリーンが実現すれば、ニュースは通常サイズのテレビで情報を取り入れ、映画や旅番組などでは大画面シートディスプレイで特別な体験をという、メリハリの効いたメディアライフが可能になります。そういった事もあって、シートディスプレイは注目度大です。

 ただ、日本人的に気になるのは、開発がLGの手によるというところでしょうか。フレキシブルは韓国に負けず、是非ジャパンパワーに頑張ってもらいたいと願わざるをえません。

最終更新:7月21日(木)6時25分

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