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熊谷6人殺害犠牲の田崎さん宅前にうちわ祭屋台 涙こらえ一緒に参加

埼玉新聞 7月21日(木)3時31分配信

 埼玉県熊谷市で20日から始まった熊谷うちわ祭で、昨年9月の熊谷6人殺害事件で最初の被害者となった同市見晴町の田崎美佐枝さん=当時(53)=と一緒に祭りに参加しようと、同市伊勢町の人々が20日夜、田崎さんの自宅前でお囃子(はやし)を奏でた。

 一昨年、伊勢町区の総代長を務めた多田昌司さん(62)は「大げさではなく、みんなであいさつに寄っただけ。まだ亡くなったとはみんなも思っていないし、気持ちは一緒。何とも言葉にならない思いだよ」と涙をこらえた。

 伊勢町は田崎さんが生まれ育った町。新幹線の工事の関係で隣の見晴町に引っ越してからも、伊勢町の一員としてうちわ祭に携わった。社会人になってからはお囃子に加わり、徐々に中心的な役割を担うことに。大学で学んだ染色の技術を生かし、半纏(はんてん)や浴衣の代紋など多くのデザインを手掛けた。女性のため総代にはなれなかったが、7年前には「庶務」として名簿に記載された。現在の屋台の車輪にも、鯉(こい)2匹が伊勢町の「い」を表す「波間に番(つがい)の鯉」のデザインが残る。

 そんな思いに応えようと、伊勢町は今年2月からの企画検討会議で、遺族の了承を得て今年のルート変更を決定。屋台に愛用の半纏を飾り、従来のルートを約100メートル外れて、お囃子を奏でながら田崎さんの自宅前を通り過ぎることに決めた。

 田崎さんは気遣いの人。昨年、伊勢町の総代長を務めた田本松男さん(61)は「祭りが終わる去年7月23日午前2時ごろ。われわれ総代の手助けをするため、家を出た瞬間にそっと迎えに来てくれて、車で送ってくれたんだ。どっかで待ってたんかな。言葉にならないよね」と目頭を覆う。

 伊勢町では来年から、屋台を山車へと新造する。数年前からは一線を退き、後進の指導に当たっていた田崎さん。生きていれば今ごろ、給水車を引っ張りながら、みんなが脱水症状にならないように気を配っていたのではないかという。多田さんは「彼女の意見を反映しようと、5年ぐらい相談してたんだ。美佐枝ちゃんに笑われないように新調したいよね」と精いっぱい、言葉を振り絞った。

最終更新:7月21日(木)3時53分

埼玉新聞