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アラバマ・シェイクス来日決定。ブリタニー、14歳で聴いたピンク・フロイドから幼少期の思い出までを語る

RO69(アールオーロック) 7月21日(木)18時24分配信

昨年4月にニュー・アルバム『サウンド&カラー』をリリースし、第58回グラミー賞では最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバムを含む全4部門を受賞し、12月に単独来日公演を行うことが発表されたアラバマ・シェイクスだが、ブリタニー・ハワードがNational Public Radio(NPR)のインタビューに応じ、自身の故郷について語っている。

●『サウンド&カラー』はアラバマ・シェイクスの2枚目のアルバムです。最初のアルバムは地元のスタジオで制作されたのですよね。1枚目はほとんど自腹で制作されたんだと思うんですけど。すごいヒットになりましたね。だから2枚目は時間と金銭的な面で余裕があったと思うんですが、この時間とお金と経験とともに新しいアルバムで表現したかったことってなんですか?

ブリタニー「私はやっと機会を得ることができたから、もう何でも全部トライしたかった。多くの人が聴いてくれるって思うと本当に興奮したし。一部の人にとってはすごいプレッシャーになると思うけど、私はすごい楽しみだった。たくさんのアイデアもあったし、音楽的にだけじゃなくて、私の声と楽器でいろんなことを試したかった。それにもっといろんなことができるってわかってたし。最初のアルバムでは、歌詞を書くのにすごい時間かけて、急いで1週間くらいで録音したのかな。

でも今回は違った。今回は何を言いたいのか、それをどうやって表現したいのかを考える時間があった。経験を訴えることでもあるでしょ。最初のアルバムを出した後に、音楽を聴けば聴くほど、私が何をやっているかをリスナーが考える時間を持ってもらえるようなスペースと(自分たちの)能力に感謝するようになった。多くの楽器で圧倒させないでね」

●小さい頃は家族の誰がレコードコレクションを持っていました?

「お母さんね。お母さんは一人のアーティストのレコード持ってた。エルヴィス・プレスリー。レコード全部持ってた」

●エルヴィスだけ?

「そう。クローゼットの全部がエルヴィスで埋め尽くされていた」

●(笑)両親が聴いていた音楽以外の音楽を聴き始めたとき、何から聴き始めたのですか?

「覚えているのは、ピンク・フロイドをはじめて聴いたときね。14歳だったと思う。年上の友達から車で送ってもらっているときだった。で、友達がピンク・フロイドをかけたのよね。私は『何これ?』みたいな。友達は説明してくれたんだけど、こんな音楽聴いたこともなくて。ジャンルとかじゃなくて、フロイドが作りたい音楽を作ってた。すごいおもしろいと思ったのよね。で、ツェッペリンとかブラック・サバスの時代のころに音楽にのめりこみ始めて、あんな感じの音楽を聴き始めた。全部聴き逃してた、って思ったし、目隠ししてたみたいな感じ。14歳のころ本当に音楽の歴史にのめり込み始めたわね」

●故郷について教えて下さい。

「アラバマ州の中心の北側にあるアテネという街で育った。街はほんとうにのどかで、まだ農業やってる人がたくさんいたし、家も点々とあるだけだった。広大な土地があって、馬がいて、ヤギを飼ってる人もたくさんいた。で、私が育ったところの15分くらい先、ライムストーン郡はもう本当に森だった。(中略)アテネはなんていうか、子供や孫を育てて、両親の面倒を見るのには良い街だった。ピースフルな街よ」

●間違ってたら訂正してください。父親はジャンクヤードや中古車販売の経営をされていたんですよね。

「そうよ」

●じゃあ、ジャンクヤードからいろんなものを持ってきたのでは?

「そりゃーもう」

●持ってきたものの中で一番クールなものって何だったんですか?

「長い砂利道のドライブウェイの奥に家があったのよね。それまでに林をくぐって、小川をかかる橋をわたって、それからちょっとした坂道を登っていくのよ。で、歩いていくと両隣にポンコツ車、中古車、ボート、バイクがあって、お店にたどり着くの。もう、周りはすべてそんなものだらけ。で、私は小さなトレーラーで育ったんだけど、坂の上にたどりつくと、本当に良い景色だった。

お母さんは、どんな状況であったとしても、くつろげる場所を作るのが本当に得意だった。いつも家のようだったし、気分もよかった。私はいつも飼ってたペットと遊んでた。いろんな動物を飼っていたの。ある意味農家みたいなところで育ったわね、ジャンクヤードもあったけど。でもこういうところで育つのはとても面白い経験だった。ポンコツ車の瓦礫の上で遊んだし、すっごい危ないんだけど。それでペットの犬と林の中や小川で遊んだ」

●では、ジャンクヤードはもう裏庭みたいなものですね。

「小さなハリケーンの中心にいるみたいな感じと思って。中心には少しの緑と動物、で小さなトレーラーがあって。残りはもう、私にとっては迷宮みたいな、アミューズメントパークだった」

●ファーストアルバム中の“Hold On”では22歳まで生きることができないって歌ってますね。なぜですか?

「あの歌詞を書いたときは、どっちかというと『もう大人なのよ。見て。自分でもういろいろ決心しなくてはならないの。自分に責任を持たないといけないの。ここに私はいるわ。自分で支払いもしていかないといけないの。自分の人生がこんな風になるなんて思いもしなかった。一生子供のままでいられると思ってた』っていうところから来てるのよね」

●この曲に関して何か他に言いたいことありますか? この曲でアラバマ・シェイクスが有名になったじゃないですか。

「トラックで移動中に歌詞を書こうとしていたのよね。運搬屋だったの。なんていうかアウトドアでの掃除人って感じね。いつもだから外にいて、本を横に置いて。何か書こうと思ってたの、なんせ本当に広大な土地だったから。

で、毎日働いて、もう働くのもいやだった。何の進歩もしてなかった。学費を払おうと思ってたんだけど、うまくいかなかった。もう本当に抑圧されてたのよね。誰も助けてくれないし、どこにも行こうとしてなかった。何をしていいかもわからなかった。それをベースに書いたの。毎日自分が何を思っていたか。朝が来て、夜が来る。仕事に行って、帰ってくる。ある夜にショーをやる予定だったんだけど、ヒースがきょうは歌詞なしの曲を1曲だけやってみようぜって言うから、私はいいわよ、私は今あるやつをぶつけて後は適当にやるって言ったの。

で、ステージに立ったら、その曲をやることになった。私がそのとき持ってた歌詞で歌って、コーラスもなかったけど、ただ『ホールド・オン』と歌ったの。オーディエンスはすぐに反応してくれたの。で、オーディエンスはいつもこいつらカバーばっかだから、カバー・ソングだと思ってたみたいで。で、あーこの曲知ってる!みたいにオーディエンスも歌いだしたのよね」

RO69(アールオーロック)

最終更新:7月21日(木)18時24分

RO69(アールオーロック)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。