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【レスリング女子58キロ級】伊調馨「13年ぶり敗戦の理由」と「五輪4連覇戦法」

東スポWeb 7月22日(金)10時43分配信

 リオデジャネイロ五輪でレスリング女子58キロ級の伊調馨(32=ALSOK)には、女子史上初の五輪4連覇がかかる。前回のロンドン五輪後も順調に勝ち星を重ねてきたが、今年1月のヤリギン国際(ロシア)で13年ぶりの敗戦を喫して日本中に衝撃を呼んだ。あれから半年――。最強女王を直撃すると「自分のレスリングに悩んでいました」との答えが返ってきた。レスリングの求道者は偉業達成を目指すリオでどう戦うのか。大一番を前にした率直な「心の内」を語ってもらった。

 ――過去3大会から、レスリング技術はもちろん様々な面で進化した

 伊調:北京五輪(2008年)のあとからは全部変わった気がします。レスリングもそうだし、体のことも考えるようになった。昔は全然興味がなかったサプリメントとかプロテインとか飲んでいるし、健康オタクになった。

 ――レスリングに対するこだわりは人一倍だ

 伊調:わがままですよ。基本的に自分の生活、練習のリズムを崩されたくない。25、26歳のころからあと何年レスリングをできるかと考え、そう時間はないと思った。覚えなきゃいけないことだらけなので、とにかく練習をしたい。ステップの確認でもなんでも強くなるためのことをしたい。

 ――自分を貫く精神力がある。試合中もメンタルが強い

 伊調:うーん、でもいい時はすごくいいけどダメだと思ったり、考えちゃうと極端に弱くなる。負けず嫌いだから波がある。クールに見えて喜怒哀楽が激しいんです。

 ――イメージは機械のような冷静さだが…

 伊調:絶対、そう思われてるでしょ。でも一番欲しいと思うの、平常心ですから(笑い)。結構、私も感情に流されやすいんです。負けてる試合(今年1月のヤリギン国際)、あれは感情コントロールができていないですから。焦ったんでしょう。練習した攻撃技術を使ってポイントを取りたいというこだわりもあったので。

 ――以前は感情を意識することはなかったのでは

 伊調:アテネ五輪(04年)や北京五輪のころは、自分から危ないことはせず、勝ちだけにこだわって、守って最後に点を取って確実に勝つというスタイル。だから冷静というか、平常心でいられた。でもそれは攻めの引き出しが少なかったということ。その段階がつまらなくなってしまって、リスクは負うけど攻撃する面白さに目覚めた。「感情をコントロールできない自分もいるんだな」と知ったのは、攻撃を重視したからこそ出てきた課題かな。

 ――北京五輪以降、男子代表合宿に参加するなどして攻撃技術を磨き、内容にこだわってきた

 伊調:男子は攻撃の面白さを教えてくれた。そういうレスリングにずっと憧れがあって、学びたくて挑戦してきた。でも最近は試合でそれをやりたいんだけど、やれないもどかしさも出てきた。

 ――相手が攻撃を警戒して完全防御で距離を取ってしまったり、男子相手には有効なフェイントが女子にはかからないなど、身につけた攻撃技術を生かせないときもある

 伊調:自分のレスリングに悩んでいました。以前のレスリングをやればいいのかもしれないけど、それで勝ったとしても心底喜べないと思う。でも、やりたいレスリングにこだわりすぎて歯車が狂って、感情が揺れ動くのは良くない。特に五輪だけは感情に乱されないレスリングをしなきゃいけない。だって勝たないといけない大会だから。

 ――答えは出たのか

 伊調:最近、突破口が見えてきた。試行錯誤して、やっと方向性が見えてきた。やってきた技術も生かせ、勝ちにもこだわれる、自分が納得して戦えるやり方が。やっぱり、最後は気持ち良く勝ちたいですから。今なら昔の勝ちだけにこだわってきたころより、勝てると思う。

 ――4年前のロンドン五輪では面白いように技が決まり、思い通りのレスリングで優勝できた

 伊調:本当に楽しかった。決勝戦はずっと試合していたくて時計を見ながら「ああ、あと1分しかない。あと30秒しかない」と思ってた。

 ――悩み抜き、答えを出して迎えるリオ五輪。どんな大会にしたい

 伊調:「やっぱり強えええ~!」って思われて終わりたい。本番当日までさらに極めますよ。リオでも思い通りのレスリングをして勝ちます!

☆いちょう・かおり=1984年6月13日生まれ。青森・八戸市出身。3歳から八戸クラブでレスリングを始める。2001年のジャパンクイーンズカップ(10年から全日本選抜選手権へ移行)で優勝し注目を集める。02年世界選手権で初優勝後、これまで通算10回の優勝を誇る。04年アテネ、08年北京、12年ロンドンと63キロ級で五輪3連覇。中京女子大(現至学館大)卒業。166センチ。

最終更新:7月22日(金)10時43分

東スポWeb