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オンドルセク急転退団の真相 暴言だけじゃなかった!

東スポWeb 7月22日(金)16時21分配信

 ヤクルトは21日、首脳陣に暴言を吐くなどして無期限謹慎中だったローガン・オンドルセク投手(31)をウエーバー公示にかけると発表した。この日の朝に代理人を通じて本人から退団の申し入れがあり、これを球団が了承した。これまで謝罪の意を示していたはずのオンドルセクだったが、どうしてここまでこじれたのか。退団劇の裏には、真中満監督(45)への“侮辱行為”があったことが明らかになった。

 オンドルセクは6月26日の中日戦(神宮)で3点リードの9回に登板したが、味方のまずい守備などもあって救援に失敗。降板後にベンチで監督を含む首脳陣に悪態をつくなどしたため「チームの士気に関わる」(真中監督)として翌27日に登録を抹消され自宅謹慎を科された。

 同29日に小川淳司シニアディレクター(58)らの球団幹部に謝罪し、翌30日からの二軍練習の参加を許可された。ただ、謹慎は解けたわけではなく、7月上旬に監督に直接会って謝罪をした後も二軍の試合への出場もできない状況が続いていた。そして球宴休みの7月17日に家庭の事情を理由に米国に帰国した。

 帰国後は代理人と球団が話し合いを続けていたが、21日に本人から退団の申し入れがあり「代理人から“(本人から)精神面を含めて立て直しは困難”と伝えられた」(奥村国際グループ担当部長)ことで球団としての引き留め交渉を終了した。

 では、なぜオンドルセクは二軍戦にも出られず、退団を余儀なくされたのか。小川SDがこの日「そこ(退団)までなるとは思っていなかった」と話したように、球団サイドは抹消された当初、たとえ時間がかかっても復帰を望んでいた。しかし、謝罪という“みそぎ”を済ませた後も「すぐに二軍や一軍の試合で、という雰囲気にはならなかった。メドも立っていなかった」(球団関係者)という。それは「(2人の関係の)修復が難しかった」(小川SD)と、本人からの謝罪を受けても収まらないほど、真中監督の怒りがすさまじかったからだ。

 実はあの試合、オンドルセクは暴言だけでなく、興奮したまま真中監督を押すという、指揮官への“侮辱行為”までしていたという。

「監督はあの出来事の後、オンドルセクをもう戦力としては見ていなかった。暴言だけじゃないし、さすがに監督も選手の前で押されたらね。野球はチームのスポーツだし、監督としてはたとえ戦力が落ちたとしても和を乱したオンドルセクを許せなかったということ」(球団関係者)

 小川SDは「最終的な判断は球団がした」と現場サイドの意向によってオンドルセクが退団へと傾いていった可能性を否定しつつも「ヤクルトは和を重んじてきたチーム。ああいうふうなことを犯したというのは衝撃的だった」と話し、真中監督の気持ちをおもんぱかった。

 オンドルセクは今季30試合に出場。3勝1敗11セーブ、防御率は2・45だった。守護神の離脱により21日現在、12球団ワーストの防御率4・96の投手陣は、今後も苦しい戦いを強いられるだろう。この日、東京駅で取材に応じた真中監督は「今いるメンバーを中心に考えていきたい。(今いる抑えは)チャンスだと思ってやってもらいたい」と話し、現有戦力での巻き返しに期待したが…。

最終更新:7月22日(金)20時20分

東スポWeb

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