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ソフトバンク史上最大の賭けに出た孫氏の思惑 ~ARM買収は“必然”だった?

EE Times Japan 7月22日(金)17時42分配信

5つのレイヤーを軸に、これまでの賭けを振り返る

 「なぜ、ソフトバンク、孫正義氏(ソフトバンクグループ社長)はARM買収に至ったか?」を探るためにも、過去にソフトバンク、孫氏が行ってきたことからヒントを得ようと思う。

【ARMの売上高推移】

 そんな中で、1990年代前半に、孫氏にインタビューした経験があるという先輩編集者から当時の取材内容を聞いた。先輩編集者いわく、インターネット普及前夜の孫氏は、インタビュー中、ほとんどの時間を「インターネット5段活用」という持論を展開したという(残念ながら当時の雑誌記事がなく、先輩編集者の記憶に頼っているため、正しいかどうかは分からない)。

 この“インターネット5段活用”というのは、インターネットの世界を5つのレイヤーに分けることができるというもの。5つのレイヤーとは、「1.ハードウェア」「2.ソフトウェア」「3.ネットワークインフラ」「4.ネットワークサービス」「5.コンテンツ」だという。そして、1.ハードウェアから順に市場が形成され、最終的に5.コンテンツの市場が出来上がるというものだそうだ。

 この“インターネット5段活用”が本当に孫氏の考えかどうかは分からないが、この5つのレイヤーを軸に考えていけば、分かりやすそうなので、5つのレイヤーで、ソフトバンクのこれまでを振り返っていきたい。

 なお、図では、「1.ハードウェア」を頂点に、「5.コンテンツ」を底辺にした三角形、ピラミッド型で描いた。各レイヤーの市場規模の大きさを表現したつもりだ(実際はここまで整った三角形ではないと思うが)。

PCインターネット

 まず、先輩編集者が孫氏にインタビューしたという1990年代半ばは、ちょうど孫氏のいう「PCインターネット」というパラダイムシフトが起きつつあった時期だ。

 それまでのソフトバンクは、インターネットにつながっていないオフラインのPCの世界で、日本国内でソフトウェア流通を担った。5つのレイヤーでいえば、5.コンテンツで事業を興し、成功していた。ちなみに、インターネット普及前夜のオフラインPCの世界では、3と4のレイヤーは存在せず、2.ソフトウェアは「MS-DOS」のMicrosoft、1.ハードウェアは国内に限れば、PC-98のNECが牛耳っていたといえるだろう。

 そして、先輩編集者が取材したころの孫氏は、PCインターネットというパラダイムシフトを迎えるに当たり、2つの大きな投資を行う。なお、孫氏はARM買収会見で「これまでパラダイムシフトの入り口で大きな賭けを行ってきた」と話している。

 孫氏のPCインターネットというパラダイムシフトに向けた賭けの1つは、1995年に米国の出版社Ziff Davisを傘下に収めたことだ。この投資は、それまで成功してきた5.コンテンツレイヤーでの対応策といえる。そして、もう1つの賭けが1996年のYahooとの合弁によるヤフージャパンの設立だ。

 これにより、PCインターネットで出現した、新しいレイヤーである4.ネットワークサービス(ポータルサービス)に進出した。こうした賭けの結果は、5.コンテンツはあまりうまくいかなかったが、ヤフージャパンは一定の成功を収めた。

 ちなみに言うまでもないが、PCインターネット時代の1.ハードウェアと2.ソフトウェアは、“Wintel”としてIntelとMicrosoftが牛耳った。言い換えれば、IntelとMicrosoftの2社が、PCインターネットの共通基盤(=プラットフォーム)を形成した。

モバイルインターネット

 また、PCブロードバンドというパラダイムシフトに対しても2001年に「Yahoo! BB」のブランド名で有線ブロードバンドサービスすなわち、「3.ネットワークインフラ」に参入。さらに、次のパラダイムシフト「モバイルインターネット」の入り口での賭けとして、Vodafoneの国内事業を買収。携帯電話通信事業者(キャリア)、ネットワークインフラ事業者としての色合いを濃くしたのだ。

 5つのレイヤーからなるピラミッドの底辺からスタートしたソフトバンクはここまで、徐々にそのレイヤーを頂点に向けて上げてきた。モバイルインターネットの入り口で、上から3段目のレイヤーまで達したソフトバンクは、さらに上位のレイヤーと連携する。Appleとの連携だ。当時、Appleは“Wintel”の強固なプラットフォームに苦戦続きだったが、その後、モバイルインターネットでは「iPhone」で逆に“Wintel”を寄せ付けないプラットフォームを、(Google・Androidとともに2分した形で)構築することになる。

 そのAppleと早くからソフトバンクは連携することで、キャリア事業で成功を収める。ソフトバンクは、Appleとともに「モバイルインターネットという潮流を創り出し、結果としてパラダイムシフトを起こした」と、少なくとも日本国内に限ってはいえるだろう。いわば、3.ネットワークインフラというレイヤーの幅、すなわち市場規模を、それまでのPCインターネット時代よりも、大きくしたといえる。

 そして、これにより、それまでのソフトバンクの主戦場であった4~5のレイヤーも自然と大きくなり、4~5での事業もより収益を上げるようになる。今回、ARM買収の資金を生んだ阿里巴巴(アリババ)やSupercell、ガンホーも、モバイルインターネットというパラダイムシフトが起こったからこそ存在し得たといえる。かなり間接的ではあるが、キャリア事業に参入したシナジーが発揮されたといえるだろう。

 なお、このモバイルインターネット時代にソフトバンクは、事業領域を日本から世界へと広げていく。日本で成功したキャリアビジネスを、Sprint買収という形で北米へと広げるなどし、ソフトバンクからターゲットにするピラミッドはより大きなものになった。

 そして今、孫氏は「IoT」という新たなパラダイムシフトの入り口に立ち、そこでの大きな賭けとして、3.3兆円でARM買収という決断を行った。

IoT時代の生態系はどうなる?

 IoT時代における5つのレイヤーのピラミッドは、どのように形成されるか、予想してみたい。

 まず、ソフトバンクが現状、主戦場としているネットワークインフラについては、あまりプレーヤーは変化しないのではないだろうか。PCインターネット時代から、ソフトバンクの参入こそあったものの、あまり顔ぶれは変わっていない。IoT向けの新たな通信サービスを提供する事業者が欧州などで台頭しているので断言はできないが、くまなく通信インフラを整備するには、相当な資金力が必要であり参入障壁は高い。劇的にキャリアの顔ぶれが変わるとは考えにくい。

IoTの共通基盤を構築できるのは誰か?

 次に、ハードウェア、ソフトウェアのレイヤーだ。このレイヤーは、パラダイムシフトの潮流を生み出せることのできるプラットフォームのレイヤーだ。底辺から頂点へとピラミッドを上がってきたソフトバンクが狙っているであろう領域だ。

 最もIoTのプラットフォームとして君臨できそうな位置にいるのは、モバイルインターネットで2大プラットフォームの1つを形成したGoogleだろう。Androidはスマートフォン以外にもさまざまな組み込み機器でも使用されており、Appleよりも相当、IoTのプラットフォームに近い位置にいるはずだ。

 臆測だが孫氏もきっと、Googleを取り込みたいはずだろう。だからといって、ソフトバンクがGoogleを買収することはありえない。また、モバイルインターネットで連携したAppleと違って、Googleは既に巨大であり、たとえ連携しても、世界に何社も存在するキャリアの1社にすぎないソフトバンクがGoogleと“共に潮流を生む”という水準までには至らないだろう。そして何より、GoogleがIoTのプラットフォームを牛耳るという確証もない。未知の伏兵が現れる可能性も十分ありうる。

ARMがIoTでも残る理由を考える

 そこで、確実に、そして、買収や密な連携が可能な“IoTで勝ち残る企業”を探すと、ARMの存在が浮上していくわけだ。ARMがピラミッドで位置するところは、一応、「1.ハードウェア」だろう。ただし、そのハードウェアのレイヤーの中でもより、上の頂点の“点”ぐらいの位置にすぎないのだが……。

 ARMがIoTでも勝ち残ると断言できる理由は、ARMの他に選択肢がないからだ。確かに、ARMが手掛けるCPUコアは、かつては多くの半導体メーカーが自ら設計して作っていたものであり、ARM以外でも設計できる。にもかかわらず、ARM以外に選択肢がないと言い切れるのは、“CPUコアでもうけることができるのはARMだけ”だからだ。

 ARMの売上高は2000億円にも満たない。世界のスマートフォンのほぼ100%に搭載され、携帯型ゲーム機や家電などにも入り込み、年間150億個近いARMのCPUコア搭載デバイスが出荷されているにもかかわらずだ。PCインターネット世界のCPUの覇者Intelが5兆円程度の売上高を上げているのに、スマートフォン世界のCPUの覇者として、もてはやされているARMの売上高は、その20分の1以下だ。その理由は乱暴に言ってしまえば、その程度しか市場規模がないからだ。

 しかし、その市場規模の小ささがARMが“IoTでも勝ち残れる”と断言できる根拠になる。CPUの設計に掛かる費用は、誰が設計しても似たような規模になる。半導体メーカー1社がCPUコアを自社開発しようとするならば、ARMと同じだけの設計コストが必要になるわけだ。だが、そのCPUコアの設計という行為から得られるリターンは、圧倒的なシェアを誇るARMの足元にも及ばないことになる。仮に、ARMを駆逐できたとしても、CPU設計の対価として手にできるお金は最大でも2000億円にすぎない。これでは、誰もARMに戦いを挑もうとは思わないだろう。

IoTの共通基盤への影響力が増大

 こうした背景から、市場規模は小さいながら、絶対的な地位でIoT世界でも君臨できる切符を手にしているARMに、孫氏は目を付け、自らの傘下に入れようとしている。それは、よりピラミッドの上のレイヤーにアプローチし、プラットフォームに影響力を持とうとしてきたこれまでの孫氏の賭け方と矛盾しない。すぐ頭上に位置する巨大なGoogle(しかもIoTで勝つ確約もない)を飛び越し、最上流のARMを買収することで、これから出現するであろう“IoTのプラットフォーム”に影響力を持とうとしたと思えてならない。

 ARMがどこまで、IoTのプラットフォームに影響力を持てるかは分からないが、少なくともプラットフォームの一角(少なくともCPUコアIP領域)を占めることは間違いない。そしてソフトバンクとしてのIoTプラットフォームへの影響力はこれまでの「キャリア分+コンテンツホルダー分」に「ARM分」が加わる。

 恐らく孫氏の頭の中には、手にした影響力を使って、構築するIoTプラットフォーム像が仕上がっていると思うが、もしかすると、まだ仕上がっていないかもしれないとも感じる。仮に仕上がってなくても、将来IoTプラットフォームを構築するプレーヤーは、ARMが接点を持つプレーヤーの中に極めて高い確率で存在する。ARMが接点を持つプレーヤーたちを監視し、IoTプラットフォームサプライヤーとして頭角を出し始めたプレーヤーと誰より早く手を組んで、IoTプラットフォームをともに構築すればよいだけの話になる。そうしたARMのポジションに価値を見いだし、3.3兆円を支払い手に入れようと決めたのだと思う。

しょせんは賭けにすぎないが……

 ただ、ソフトバンクが必ず、成功するどうかは分からない。しょせんは賭けにすぎない。もしかするとARMと関係のないIntelがIoTプラットフォームを構築する可能性もあるだろう。また、CPUコアIPが、インターネット世界の生態系の外に押し出される可能性があるだろう。というのも現状、機器の頭脳はCPUだが、今後、人工知能、すなわちディープラーニングなどの処理を行う機能やIP(GPUコアIPなど?)がIoTのプラットフォームに大きな価値をもたらすならば、CPUの影響力は相対的に低下していくことになるからだ。

 こうした懸念があるからこそ、孫氏はARMを株式非公開企業にしたと思う。すなわちARMの収益性を度外視して、CPUコアIPにとって代わる可能性のあるIPやさらにCPUを強くする開発に全力を注ごうとしているのだろう。市場規模がさほど大きくないIP領域で、採算度外視の潤沢な開発投資ができるとなると、ARMが技術的に優位な地位を築ける可能性はより高くなる。

 もし孫氏が、今後、IoTプラットフォームで必要になるIP、そしてそのIPで共にプラットフォームを作るパートナーを見抜いているならば、モバイルインターネットよりも大きな市場規模があるとされるIoT時代は思ったより早く到来する。そうなれば、ソフトバンクは、ARMへの投資(買収費用3.3兆円+今後の開発費)を、キャリアやネットワークサービスといったレイヤーで回収できる。たとえ、将来を見抜いていなくても、その予兆は、インターネット生態系の頂点で、誰より早く将来をキャッチできる可能性が高い。

 だからこそ、ソフトバンク、孫氏はARMを買収したのだと思っている。

最終更新:7月22日(金)22時14分

EE Times Japan