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トルコ政府がクーデターの黒幕というギュレン師とは?

ニュースソクラ 7月22日(金)12時0分配信

かつてはエルドアン大統領の盟友だった

 現地時間15日夜に一部のトルコ軍兵士が巻き起こしたクーデターは、その12時間後にあっという間に幕を閉じた。

 今回の一件で3000人近い兵士が逮捕されたが、このクーデターを引き起こした黒幕として米国在住のあるトルコ人の名前が挙げられている。フェットラー・ギュレン師。リベラル派イスラム教として知られる「ギュレン教団」の代表だ。

 ギュレン師は1941年トルコ生まれの75歳の男性で、イスラム教の指導者「イマーム」と呼ばれる人物だ。17年前に米国ペンシルベニア州に亡命し、「ギュレン教団」の布教を続けている。

 ギュレン教団とは一体なんであろうか。ギュレン教団とは、一般にイスラム教の穏健派と呼ばれている宗派だ。昨今のイスラム過激派とは一線を画し、対話と寛容を重視している集団である。また「貧困と狂信から逃れるため」に教育の重要性を訴え、「ギュレン学校」と呼ばれる私立学校を世界100カ国に1000以上の学校を建設し、運営している。日本にもトルコ語学校やインターナショナルスクールなど10校ほどの学校が存在しているようだ。

 また一般にギュレン「教団」と呼ばれるが、組織としての実体はなく、教義に賛同した人々が独自に活動しているのみである。しかし、賛同者はトルコを中心に世界中に広がり「ギュレン・ムーブメント」という世界的社会運動になっている。

 愛知学院大学の竹下修子教授の論文によると、ギュレン師は「イマーム」であった父のもとで育ち、10代のころに出会ったイスラムの宗教的指導者サイード・ヌルシィ氏に強く影響を受けたとされる。「ムスリムは近代化を拒否してはならない。宗教的な文脈において、近代化を取り込むためのアイデアを見出すべきだ」という同氏の主張に出会い、後にリベラルなイスラム教指導者の道を歩むことになる。

 ギュレン師の「ギュレン・ムーブメント」は1960年代からトルコ国内で広まっていったとされる。その後、ギュレン教団はトルコ国内で教育・経済・メディアなどあらゆる分野の支持母体として君臨し、現在もそれらの有力者の多くに支持されている。国内に巨大な影響力を持つギュレン師は、かつてエルドアン大統領に口添えできる数少ない人物と数えられ、ギュレン師を「トルコ国内のナンバーツー」と呼ぶ声もあった。AKP(公正発展党)の結成当初は、エルドアン大統領とも良好な関係を築いていたようだ。

 しかし2002年以降イスラム色を強めるエルドアン政権に対し、ギュレン師、ギュレン派は次第に政権と距離を取るようになっていった。2013年にイスタンブールで巻き起こった大規模な政権批判では、エルドアン大統領が「ギュレン派によるテロ活動」と非難し、同年12月のエルドアン大統領の汚職疑惑も「ギュレン派の陰謀」と発言している。また2015年秋にはギュレン師の団体を「テロ組織」に指定し、今年入ってからはギュレン派を支持母体とするトルコ最大の有力紙「ザマン」が、政権の管理下に置かれる事態となった。

 現在トルコ政府は米国に対しギュレン師の引き渡しを要望している。ギュレン師は今回の件に対し「(クーデターの試みに)関連して非難されることは大きな侮辱だ。そのような非難は断固として否定する」と発言した。また米国のケリー米国務長官は、「トルコ政府が妥当な証拠を示せば米国は適切に判断する」と述べている。

ニュースソクラ編集部

最終更新:7月22日(金)12時0分

ニュースソクラ

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