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母国で無視され続けた「イランのクロサワ」 巨匠・キアロスタミ監督 訃報の翌日、映画館で起きた祈り…

withnews 7月24日(日)7時0分配信

 イラン映画界の巨匠、アッバス・キアロスタミ監督が76歳で亡くなりました。その存在感の大きさは、まさに「イランの黒澤明」。1997年にカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールをとるなど、イラン映画のレベルの高さを世界に知らしめ、後進に大きな影響を与えました。ところが、イランの地元紙はこれを報じず、DVDショップに行っても作品が手に入らないというありさま。そんな中、映画館では「ある出来事」が起きていました…。

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悲報をガン無視

 キアロスタミ監督は2015年ごろから体調を崩し、16年3月にイランの首都テヘランの病院に入院。イランメディアは胃腸がんを患っていると報道していました。その後、療養のためパリへ。イラン時間の7月4日夜に一報が入ると、日本をはじめ、世界中のメディアが相次いで逝去を伝えました。

 ところが、翌朝のイラン地元紙を開いてびっくり。他にこれといって大きなニュースがなかったにもかかわらず、キアロスタミ監督の死を伝えない新聞が大半なのです。朝日新聞テヘラン支局は地元紙を計24紙購読していますが、記事があったのは6紙だけでした。

 一方、数が少ないとは言え、きちんと報じた新聞はいずれも1面トップの扱い。大きなニュースであることがわかります。

「キアロスタミ氏76歳で死去 『友だちのうち』へ去る」(シャルグ紙)
(氏の代表作のタイトル「友だちのうちはどこ?」にかけて、天国という新しい「友だちのうち」へ向かったという比喩)

「さようなら、謙虚な天才 キアロスタミ氏76歳で死去」(ハフテソブ紙)

「キアロスタミ氏死去 『桜桃の味』は苦く」(エテマド紙)
(「桜桃の味」も氏の代表作です)

 記事内容はどれも、キアロスタミ氏の業績をたたえ、イランはもちろん世界の映画界が衝撃を受けている、というものです。

キアロスタミ監督とは

 名門テヘラン大学を卒業後、1970年に映画監督としてデビュー。「友だちのうちはどこ?」(87年)、「そして人生はつづく」(92年)などで注目を集めました。97年、パルムドールに輝いた「桜桃の味」で評価を確かなものに。ちなみに、同時受賞が今村昌平監督の「うなぎ」でした。

 その後も「トスカーナの贋作(がんさく)」(2010年)など、精力的に撮影を継続。日本とのゆかりも深く、小津安二郎監督に捧げた「5 five」(03年)を制作したほか、最近作の「ライク・サムワン・イン・ラブ」(12年)は日本人の俳優やスタッフと日本で撮影しました。これが出世作となった女優の高梨臨さんは、「監督と過ごした日々は私の女優人生にとって宝物です」などとコメント。俳優の加瀬亮さんは公開時のインタビューで、「第一印象は『変な人』」としながら、「できあがったものを見ると、圧倒的にオリジナル。本当にすごい監督」と話していました。

 直系の弟子筋からは、ジャファル・パナヒ監督が「タクシー」(15年)でベルリン国際映画祭の最高賞、金熊賞を受賞。バフマン・ゴバディ監督は「ペルシャ猫を誰も知らない」(09年)でカンヌ入賞を果たしています。

 「別離」(11年)で米アカデミー賞外国語映画賞を受賞したアスガー・ファルハディ監督は葬儀で、「イラン映画が世界中でファンを集められたのはあなたのおかげだ」とたたえました。

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最終更新:7月24日(日)7時0分

withnews

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。