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英国のEU離脱の影響-米実体経済への影響は限定的とみられるも、現状では未だ不透明な部分が多い

ZUU online 7/23(土) 17:30配信

■はじめに

EU離脱を問う英国民投票の前に行われた6月FOMC会合では、政策金利の据え置きが決定された。同会合では、5月雇用統計の予想外の悪化を受けて労働市場の回復持続性について検討されたほか、英国がEUから離脱するBREXITが米経済のリスク要因として議論された。

6月下旬の英国民投票では、事前の予想に反しEU離脱支持が残留支持を120万票以上上回り、52%と過半数を獲得した。このため、リスク要因であったBREXITが現実化する可能性が非常に高くなった。金融市場は国民投票の結果を受けて株式市場が世界的に急落するなど不安的な動きとなった。

英国ではキャメロン首相が辞任するなど、政治が混乱していたが、当初予定より早いタイミングでメイ氏が新首相に就任したため、政治的な混乱状態から脱しつつある。もっとも、EU離脱に向けた手続きの開始時期さえ決まっておらず、EU離脱に伴う英国経済や世界経済への影響については、現段階では非常に不透明な状況となっている。

本稿では、米国経済への影響をみる上で直接的な影響として貿易面や、直接投資、米企業進出状況、米銀の与信残高の状況などについて英国との関係を確認する。さらに、間接的な影響として資本市場の状況についても確認する。

現段階では非常に不透明な部分が多いものの、結論から言えば、直接的な影響については米金融業界では戦略の見直し等が必要になるものの、貿易面などを通じた米実体経済への影響は限定的とみられることである。さらに、間接的な影響についても、足元は株式市場が安定する中で長期金利が低下しており、金利低下が米経済を下支えする効果が期待できる状況である。

もっとも、当面EU離脱を巡る不透明感が持続するため、米経済への影響を今後も見極める必要があり、FRBは慎重な金融政策運営を行うことが予想される。このため、追加利上げは12月まで先送りすることが見込まれる。

■米国と英国経済の経済関係

◆財・サービス収支:英国向け財・サービス輸出額はGDP比1%未満と限定的

米国から英国向けの財・サービス輸出は15年通年で1,235億ドルと第4位の金額である。輸出額を経済規模(名目GDP)と比較すると、GDPの0.7%程度に留まっており経済規模と比べた金額は大きくない。このため、英国向け輸出は、今後予想される英経済の落ち込みや英ポンド安の影響を受けるとみられるものの、輸出減少による米経済への影響は限定的とみられる。

一方、財・サービス輸出を仔細にみると、財輸出は565億ドルと第5位であり、上位3カ国と比べ金額が小額に留まる一方、サービス輸出は669億ドルと第1位となっているほか、金額で財輸出を上回っているなど、他の上位輸出国に比べサービス輸出の比重が大きくなっているところに特徴がある。

さらに、英国向け財・サービス輸出を主要な品目別にみると、自動車を除く資本財の金額がもっとも多くなっているが、金融サービスも143億ドルと輸出全体の11.6%を占め上位に入っている。他の輸出上位国では、金融サービスが品目別の上位5位に入っておらず、英国向け輸出における金融サービスの重要性が際立っている。

ちなみに、BREXITによって大きく影響を受けることが予想されるEU向けの財・サービス輸出額は5,007億ドル(GDP比2.8%)となっており、米経済規模と比べてこちらも限定的である。

一方、欧州以外も含め米国からの輸出は、米ドルレートや世界経済の動向に影響される。米ドルは、英国民投票の結果を受けて、対英ポンドでは国民投票前の水準から足元(7月15日)まで10%超の大幅なドル高水準となっている。しかし、より広範な通貨に対する動きを示す米ドル実効レートは、国民投票前に比べてドル高となっているものの、年初からはドル安水準に留まっており、顕著なドル高となっていない。

さらに、BREXITの世界経済への影響については、不確定な要素が大きく未だ評価が困難であるものの、7月19日に公表されたIMFの世界経済見通しによれば、BREXITの影響を考慮し、16年、17年ともに世界経済の成長率は下方修正されたものの、修正幅はいずれも0.1%と小幅な修正に留まっており、成長率低下による米輸出への影響は限定的だろう。

参考までに英国から米国への財・サービス輸入額をみると、1,115億ドルと第6位となっている。輸入についても、財輸入で上位国と金額の開きがある一方、サービス輸入が第1位となっており、輸出と同様の傾向がみられる。主要品目別輸入額では、金融サービスが輸入の8.3%のシェアを占めている。

◆直接投資、米多国籍企業進出状況

(直接投資):英国向け投資は金融、持株会社の比重が高い

米国から英国への対外直接投資額(14年)は、5,879億ドルとオランダに次ぐ第2位となっており、対外直接投資額全体の11.9%を占めている。業種別には金融業が28.9%と高くなっているほか、持株会社(銀行以外)が42.2%と最も高いシェアとなっている。

持株会社は英国以外の国に投資するための基金などが主なものとなっており、英国の法人税率が米国に比べて低いことや、税優遇策により、米国の高い法人税率を回避する所謂タックス・インバージョンの動きと考えられる。

実際、持株会社残高の推移をみると、英国が00年代半ばの30%から15年の20%に段階的に法人税率を引き下げたことや、09年に外国子会社配当免税制度を導入した動きと符号するように残高やシェアが増加していることが分かる。

持株会社の動向は、英国の税制や米国のタックス・インバージョン抑止策の影響を受けるため、英国のEU離脱による直接的な影響は受け難いとみられる。英国ではオズボーン前財務相が法人税率の一段の引き下げを示唆したこともあり、英国の税優遇先は今後も継続されるとみられる。

一方、直接投資のうち、金融業に対する投資についてはEU離脱に伴い英国の金融センターとしての地位が低下が見込まれるため、新規投資が抑制されるとみられるほか、投資残高が減少する可能性をみておく必要があるだろう。

ちなみに、英国から米国に対する対内直接投資をみると、4,485億ドルと第1位となっており、対内直接投資額全体の15.5%を占めている。

業種別には製造業が37.3%と最も高いシェアとなっており、金融業が25.3%とそれに続いている。製造業では、化学のシェアが13.4%と高くなっている。EU離脱に伴う英国企業の業績悪化などから米国向け直接投資方針が変更される可能性は否定できないが、英国企業要因による変更の可能性は低いだろう。

(米多国籍企業進出状況):資産ベースでは金融・保険業への集中が顕著

米国企業の英国進出状況(2013年)をみると、従業員数、売上高、当期利益などは、多国籍企業全体の1割程度に過ぎないのに対し、資産残高は2割強と他の項目に比べてシェアが大きいことが分かる。

これを業種毎にみると、米金融・保険業の資産残高シェアが英進出企業の7割弱を占めており、ここでも英国の金融センターとしての地位が重要な役割を担っているとみられる。

BREXITによって英国の金融センターの役割がどのように変貌するのかは依然として不透明な状況であるが、報道など(*1)によれば米大手金融機関のJPモルガンが英国内の従業員1万6,000人のうち4分の1を欧州大陸に異動させる方針が既に示されているほか、他金融機関についても英国から他国へシフトする方針が示されており、米金融機関は英国戦略の見直しを迫られている。

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(*1)https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-06-24/O99LWB6KLVR701
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◆米銀の対英国与信:与信残高シェアは第1位も、総資産に対する比率は低い

最後に米銀の英国向け与信残高(最終リスクベース(*2))をみると、15年末時点で4,239億ドルと世界の英国向け与信残高シェアの17.8%を占め第1位となっている。もっとも、米商業銀行の総資産(15,6兆ドル)に対する比率は2.7%程度に留まっており、米銀への影響は限定的である。

一方、米銀の融資先は、非銀行金融機関が英国向け与信残高全体の5割弱を占めており、高くなっている。英国非銀行金融機関の海外からの融資額4,216億ドルのうち、米銀からの調達分が5割弱と、英金融機関にとって重要な資金調達先になっていることが分かる。

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(*2)与信の所在地ではなく、与信の最終的なリスクの所在を基準に集計されたベース。与信先が英国以外であったも、英国金融機関の信用保証が付されている場合には、英国向けとして集計。
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■資本市場の動向

◆株式市場:一時的に下落もその後は持ち直し

株式市場は、S&P500株価指数が英国民投票の結果が判明する直前(6月23日)から、予想外の国民投票結果を受けて、6月27日には▲5%超の下落となり、年初の水準も一時的に割り込んだ。しかし、その後は持ち直し、直近(7月15日)では年初来7%超の上昇となっている。

足元株価指数は史上最高値圏まで上昇しており、国民投票後の混乱は限定的となっている。さらに、EU離脱の影響を顕著に受けるとみられる金融業種の株価指数も、国民投票結果後に8%弱の下落と、総合指数より落ち込み幅が大きくなったものの、こちらも持ち直しており、直近はほぼ年初の水準まで戻している。このため、金融業種の株価についても現状で大きな影響はみられない。

さらに、株式市場の変動性を基に算出され、投資家の先行き不透明感の高まりを示す恐怖指数(VIX指数)は、国民投票結果判明後に上昇し不安心理の高まりを示したものの、上昇幅は世界的に株価が下落した昨年夏を下回っており、これまでの株式市場の反応は落ち着いたものと言える。

◆長期金利、社債市場:長期金利は低下、社債スプレッドも安定

債券市場は、米10年国債金利が国民投票の結果が判明する直前の1.7%台から、7月上旬にかけて1.3%台の史上最低水準に低下した。長期金利はその後反発したものの、直近(7月15日)でも1.5%台までしか戻っておらず、依然として低水準に留まっている。

一方、米社債スプレッドをみると、16年2月に原油価格が30ドルを割れ、シェール関連企業の信用リスクが懸念される中で高金利社債スプレッドが拡大した局面とは異なり、足元では社債スプレッドに縮小する動きがみられるなど、信用リスクは高まっていない。

このように、信用リスクが高まっていない中で長期金利は低下しており、金融環境は緩和していると判断でき、米経済の下支え効果が期待できる状況となっている。

もっとも、足元で資本市場は安定しているものの、BREXITに関して未だ不確定な要素が多く、資本市場の動向は依然予断を許さない。今後、英国や欧州の資本市場でリスクプレミアムの上昇などの金融ショックが発生した場合には、米経済への悪影響が懸念される。

OECDは、ユーロ圏の経済危機に伴い11~12年にみられた金融環境の引締りを参考に、英国が19年にEUから離脱する前提で、金融ショックによる各国経済への影響を試算(*3)した。

これによれば、ポンド安も含めた英国の金融市場ショックにより、18年までに米国の成長率は▲0.19%押下げられるほか、スイスを含む欧州全体の金融市場ショックによって追加的に▲0.05%押下げられる結果、合計の押下げ幅は▲0.24%となることが示されている。

これは、英国(▲1.35%)、アイルランド、オランダ(▲1.16%)、ドイツ、フランス(▲1.07%)などの欧州諸国より大幅に低いほか、日本(▲0.46%)と比べても限定的な水準に留まっている。

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(*3)OECD Economic Outlook (June 2016) p.31 Box 1.1. Financial shocks from Brexit
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■今後の金融政策に対するインプリケーション

米経済は、足元で個人消費の回復が続いており、今月末発表予定の4-6月期実質GDP成長率(前期比年率)は、前期(+1.1%)から加速することが確実である。

さらに、6月FOMC会合で懸念されていた労働市場の悪化懸念も、6月雇用統計の結果が大幅な雇用拡大を示す内容であったことから、一旦後退しており、米経済は内需主導の底堅い景気回復が持続していると考えられる。

このような状況を反映し、金融市場が織込む追加利上げ確率は、国民投票後に急落したものの、足元(7月15日)では9月会合が2割程度、12月会合では4割弱まで回復してきた。

英国のEU離脱に伴う米実体経済への影響については、景気の下振れ要因であるものの、現段階では貿易面などの直接的な影響、資本市場を通じた間接的な影響双方ともに限定的とみられる。

もっとも、BREXITについては未だ具体的なスケジュールや手続きが決まっておらず、BREXITが、英国や世界経済に与える影響については不透明感が強い。

このため、FRBは当面、国内経済の強い経済指標がでたとしても、BREXITリスクを見極めるために、慎重な金融政策を継続するとみられる。当研究所は、国民投票前の時点で追加利上げ時期を9月と予想していたが、FRBの慎重な金融政策運営を反映し12月に変更した。

窪谷浩(くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員

最終更新:7/23(土) 17:30

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