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「3年後は甲子園」 沖縄カトリック高、野球部設立目指し奮闘

琉球新報 7月23日(土)11時26分配信

 豊見城高野球部の主将として1976年夏の甲子園ベスト8入りに貢献した岸本幸彦さん(58)が、沖縄カトリック高(宜野湾市)に硬式野球部を設立するため汗を流している。現在は同校の教諭をしており、来年4月から硬式野球部を始動させるため、部員集めなどから始めている。甲子園を見据え、「子どもたちと一緒に新たな歴史をつくりたい」と熱い思いを胸に抱いている。

 岸本さんは故・栽弘義監督の指導の下、赤嶺賢勇投手(元巨人)と共に75年の春と76年の春・夏の甲子園を経験した。原辰徳を擁する東海大相模(神奈川)など名門校と熱戦を繰り広げ、「甲子園にすごく感動して監督としてここに戻りたい」と考えるようになった。

 大阪体育大で野球に関する知識を深め、卒業後には社会人野球で活躍した。そんなときでも「高校野球の監督をやりたい」という情熱が冷めることはなかった。

 沖尚高で職員をしているときには甲子園に出場する選手たちを応援し、指揮を執りたいという思いは強まった。高校野球の監督ができる場所を探しているときに、沖縄カトリック高と出会ったという。「栽先生にも指導者になりたいと話していて、その約束を果たすときが来た。多くの人に感謝の気持ちでいっぱいです」と目を細める。

 監督として、「緊迫感のある練習」を追求するつもりだ。「スーパースターが集まる学校と戦うためにはどこのチームよりも多く打ち、多く走り、多く守ることが必要になる」と強調する。それでも試合では「栽先生のように笑顔で伸び伸びとプレーできるようにしたい」と話す。

 野球だけではなく、学校と協力しながら大学進学に向けた指導にも力を入れるつもりだ。

 沖縄カトリック中学の生徒にとどまらず、さまざまな中学の生徒が同校に集まってくれることを願っている。「子どもたちを大切に育てて3年後には甲子園に行きたい」と目標を掲げる。自らの経験も生徒たちに伝えるつもりで、「スーパースターじゃなくても努力をしたら甲子園に近づくことができる」と力強く語った。(平安太一)

琉球新報社

最終更新:7月23日(土)11時26分

琉球新報