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《白球の詩》「4番」に応え2安打 高崎商・篠原岳大外野手

上毛新聞 7月23日(土)6時0分配信

◎父の母校 憧れの名門

 試合前、富岡潤一監督(50)から「4番」を告げられた。「背番号17」を背負った今大会初戦は途中出場で本塁打。3回戦は出番がなかったが、好調な打撃を買われての起用に体がこわばった。ただ、うれしさもあった。「高商の主砲」。最後の夏に任された大役に力が湧いた。

 初打席は初回無死満塁。相手は大会屈指の右腕だったが、「堂々とプレーしようと思った」。思い切り振り抜いた初球が三遊間を破り、先制点が入った。一塁上で小さくガッツポーズをつくった。

 小学校高学年の頃だったか、自宅の一室でほこりをかぶった写真パネルを見つけた。写っていたのは大きな球場でプレーする野球選手。「これは誰。ここはどこなの」。尋ねると、父の一明さん(48)が教えてくれた。「お父さんが甲子園で練習した時の写真だよ」。それが「高商」との出合いだった。

 女の子が2人続いた長野原町の篠原家にとって、待望の長男だった。高崎商野球部時代に練習補助員として甲子園に帯同し、社会人軟式チームでもプレーした一明さんに、高校野球好きの母、恵美子さん(48)。物心ついた時には野球が身近にあった。

 「丸めた新聞紙を投げさせては褒めて、その気にさせました」と笑う母の頑張りも実り、小学1年で地元の学童チームに入った。中学の野球部でも続け、吾妻地区の選抜チームに選ばれるほどになった。

 「高校はどこにいこうか」。何となく悩み始めた2年の夏、群馬大会のテレビ中継にくぎ付けになった。2012年、高崎商が伊勢崎清明にサヨナラ勝ちした一戦。「かっこいいな。こんな野球ができたら楽しいだろうな」。この時を境に「父の母校」は志望校になった。

 進路を決めると、あのパネルと父の現役時代の練習用ユニホームを部屋に飾った。甲子園出場のたびにソックスのラインが増えると聞くと、合格する前から「自分の代でも増やしたい」と目標を立てて勉強に励んだ。

 入学後、大学生だった2人の姉と前橋市内にアパートを借りた。朝の7時すぎに家を出て、夜の9時すぎに帰宅する毎日。疲れてすぐ寝る日もあったが、寝る前に素振りをすることも。長姉の萌さん(22)は「もともと真面目だけれど、野球のこととなると特別。夏ばてしやすい子だから食事は気を使いました」。

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最終更新:7月23日(土)6時0分

上毛新聞

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