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「人出の小城祗園」復活へ 飛び入り「山挽き」容認

佐賀新聞 7月23日(土)10時56分配信

参加者減、700年の祭り改革

 700年という九州屈指の歴史を誇りながら、地域の夏祭りに埋没してしまった「小城山挽祗園(やまひきぎおん)祭」。曳山のある佐賀県小城市小城町の各地区は、鎌倉時代後期から祭りが始まって以来初めて、24日の本祭の「山挽き」で一般見物客の飛び入りを認めることにした。少子高齢化や住民の入り替わりなどで細った“小京都”の祭りが、「人出の小城祗園」の誇りを取り戻そうと改革に乗り出す。

 2年前から断続的に開いてきた実行委員会で改革案を模索してきた。「30年前に比べ、祭りの見物客が激減している」。中町区長の水田誠悟さん(68)は、町内に住む親類のそんな指摘が重く響き、山笠の挽き綱を握る人の数を気にしてきた。「唐津くんちのように綱の先までびっしりと人がいないから、山挽きが間延びした状態になっている」

 商店街の下町地区を除く3地区の世帯数は宅地造成やマンション建設で30年前の約2~3倍になった。ただ、横町の区長黒木尊信さん(66)は、新しい住民が祭りに参加する難しさを痛感する。横町は前夜祭の浮立奉納が重要な務めで、その日は住民の多くが協力する。本祭になると、夏休み最初の日曜日に当たるため「家族で遠出したり、子どもが参加するスポーツ大会に親が随伴してしまう」。

 今回の祇園祭のポスターの図柄には、鍋島更紗の復興者で鹿島市の染織家、鈴田照次氏(故人)が約40年前、小城祗園の様子を描いた版画を採用した。須賀神社を遠景に、すし詰めになって下町の山鉾(やまほこ)を挽く男衆の姿と曳山を間近で見物する市民を描いている。実行委員会の田中博起事務局長は「戦後、小城祗園が一番にぎわったころの原点が詰まっている」と話し、にぎわいを取り戻すきっかけにしたいとの思いを込める。

 「挽き手に一人でも多く加わってもらい、山挽きの勇壮さと優美さを取り戻せば、見物客も増えるはず」と水田さん。法被を大幅に増やし、受け入れに万全を期す。

 小城祗園は23日午後6時半からの前夜祭で開幕する。山挽き希望者は本祭当日の24日午前8時までに各町の曳山小屋で申し込む。

最終更新:7月23日(土)10時56分

佐賀新聞