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巨泉さん、セミリタイア後の素顔 千葉に自宅、地域と交流 海外別荘に友人招待も

千葉日報オンライン 7/24(日) 9:57配信

 今月12日に亡くなったタレントの大橋巨泉さん(享年82)は「セミリタイア」後、千葉県大網白里市に自宅を構え、地域の人たちと交流し、多くの人に愛された。

 「巨泉さんとは、みんな仲良くさせてもらった」-。約20年間にわたり大橋さん宅の花壇を手入れし、一緒に海外を旅行するなど家族ぐるみの付き合いがあった山武市の花き生産農家、田辺耕一さん(62)は、テレビとは違う、その気さくで、親しみやすい人柄をしのぶ。

 大橋さんは1990年に芸能活動を控える「セミリタイア」を発表後、大網白里市に自宅を構えた。春と秋に海外の別荘から帰国して自宅に帰り、ゴルフを楽しむなど悠々自適の生活を送っていた。

 出会いは偶然だった。約20年前、田辺さんが東金市内のすし屋で食事をしていると、大橋さんが来店。翌日プレーするゴルフに急きょ空きメンバーが出た大橋さんが田辺さんを誘ったのがきっかけ。次第に親交を深め、田辺さんは大橋さんから自宅花壇の世話を依頼されるように。

 「きれいな花をありがとう」

 作業中に会うと、大橋さんは気さくに声を掛けてくれた。テレビでの司会などの姿とは違い「本当に親しみやすい人だった」(田辺さん)。

 やがて、大橋さんは近くの花き生産農家でつくる生産組合のメンバーとも交流するようになった。約10年前、田辺さんが品種改良したシクラメンの命名を頼むと「良い香りがする。アロマな花だから『アローマ』だ」。いつもの豪快な笑いとともに名付けた。

 一番の思い出は99年3月、田辺さんの長女、めぐみさん(33)の高校合格のお祝いにと、大橋さんが、オーストラリアの観光地、ゴールドコーストに所有する別荘へ招待してくれたときのこと。

 「君たちは客だから、俺が運転する」と大橋さんは自らハンドルを握り、周辺の観光地を案内した。「恐縮したが、うれしかった」。その時の写真は、今でも田辺さんの自宅に大切に飾られている。

 最後に会ったのは昨年9月。田辺さんがいつも通り花壇の手入れをしていると「いつもありがとう。うれしいよ」と、ふだん通りに優しく声を掛けてくれた。「その時は元気そうだった。訃報を聞いて、とても驚いた」

 アローマの花が咲く11月ごろ、田辺さんは何株かを大橋さんの自宅に届けに行くつもりだ。「11月は毎年、巨泉さんは海外にいたが、今年は自宅にいるはず。安らかに眠ってほしい」とほほ笑みながら話した。

最終更新:7/24(日) 9:57

千葉日報オンライン