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出稼ぎから永住決意、日本の魅力とは ブラジル人、20歳に来日

福井新聞ONLINE 7月24日(日)17時28分配信

 6月上旬、福井県越前市内の新居に、友人や子どもの同級生約30人が詰め掛けた。二男(14)の誕生日と柔道の黒帯取得を祝うパーティー。日系3世の妻(47)お手製のケーキや、バーベキューでもてなした。一家の主ゴメス・アレシャンドレさん(43)は「たくさんの友達に楽しんでもらえて良かった」と目を細めた。

 同市に20年余り住むブラジル人のアレシャンドレさんは昨年、念願のマイホームを購入した。2階建て、5LDKの一戸建て。夫婦と子ども2人、妻の母の計5人家族がゆったりと過ごせるリビングはお気に入りの場所だ。

 「市内のブラジル人が家を買うようになったのは、7、8年前から」だという。知り合いだけでも、20人以上がマイホームを所有する。

 請負会社の契約社員として同市近隣の工場で働く。正社員のような保証された身分ではないので踏ん切りがつかなかったが、万が一のときは別の仕事を探そうと考え、決断した。35年のローンは重いが、これからも日本で暮らしていきたかった。

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 サンパウロ市出身。入管難民法改正後の1993年、出稼ぎ目的で20歳の時に来日した。当時は円高もあり、日本で稼いだお金は母国では何倍、何十倍もの価値があった。当初は「3年ほど働き、ブラジルで大学に通うお金がたまったら帰ろう」と考えていた。

 ディーラーで車を洗うアルバイトを皮切りに、食品会社や工場に勤務。永住を考えるようになったきっかけは、長男(2011年死去、享年16)の病気だった。筋肉が萎縮していく難病の筋ジストロフィー。07年、12歳から越前市の南越養護学校(現南越特別支援学校)に通った。

 同校の設備は十分にバリアフリー化されていて、生活に必要な電動車いすは行政がかなりの額を補助してくれた。近県の病院では、最先端の治療を受けることができた。母国で同じ環境や医療を望むのは難しかった。日本での生活に慣れ、治安の良さも魅力に感じていた。

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 長男の死から5年がたち、二男は中学2年、長女(10)は小学5年になった。ともに越前市生まれで日本語は堪能。友達も多いという。

 4月、アレシャンドレさんは町内のブラジル人に誘われ壮年会に入った。「私たち家族が幸せに暮らすことができ、日本に感謝している。私も日本人にいいことをしたい」。2人の子どもほど日本語が上手ではないが、これからは地域の活動にも関わっていくつもりだ。

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 8月にリオデジャネイロ五輪が開かれるブラジル。福井県越前市には、県内の8割超に当たる約2300人のブラジル人が暮らしている。在留期間が長くなり、永住を志向する人や日本生まれの世代も増えている。地域、教育、労働の現状や多文化共生に向けた取り組みを追った。

福井新聞社

最終更新:7月24日(日)18時28分

福井新聞ONLINE

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