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「カスタマー・ハッカー」コンセプト――「モノ売り」脱却への道

ITmedia ビジネスオンライン 7月25日(月)8時30分配信

 つくって、売る。この製造販売のモデルは、これまでずっと日本の産業を支えてきた。質の高いものを開発し、つくりこみ、ふんだんに機能を揃えて、販売する。しかし、これまで賞賛されてきたこの日本品質による競争力は、確実に脅かされている。

【カスタマーハッカーを支える「道具立て」】

 お家芸だったテレビは、投資戦略の失敗や自前主義に陥ったことでコスト競争力の低下を招き、韓国をはじめとする新興国に押されている。クルマも VWなどによるモジュール戦略によって、徹底的に効率化されたモデル開発が進む。

 フランスの鉄道車両メーカーであるアルストムは、Health Hubと呼ばれる車両の故障・不具合を予知するシステムを構築し、車両提供とメンテナンスを有機的に統合したサービスを展開、新興オペレーターに対応している。

 いずれにしてもこれまで同様のものづくりやモノ売りでは、日本のメーカーは今後戦ってはいけないことを物語っている。顧客が求めているものを描きながら、自前主義にこだわらない適切な機能の陣立てで、ニーズにぴったりと寄り添った機能・品質、かつ競争力ある価格の製品や周辺サービスを提供していかなければ生き残れないのだ。

●2、メーカーにとっての「次の一手」 が見えてきた

顧客ニーズのその向こうをとらえる「カスタマー ・ハッカー」というコンセプト

 しかしここへきて、日本のメーカーにとって新たなチャンスがめぐってきた、と筆者は考えている。 世の中に散在する新しい技術やしかけ(今後これを「道具立て」と呼ぶ)をうまく取り入れて、これまでのものづくり・モノ売りから脱却することができる時代がやってきたのだ。この 「道具立て」 を使えば、製品によって満たしてきた顧客ニーズよりもさらに深い、本質的な顧客ニーズをとらえられる可能性を秘めているのである。

 言ってみれば、これまで提供してきた製品というのは、顧客が達成したい目的のうち、ほんの一部のニーズをとらえたものにすぎない。例えば LEDというのは、顧客が「明るさ」を求めることに応えているものである。しかし、「明るさ」ニーズのその向こうにはもっとより多くのニーズがうごめいている。例えば、人がいない時に照明がついているという電力の無駄をなくしたい、老朽化した照明器具の付け替えをスムーズにしたい、自由化を捉えて電力コストを最低限に抑えたい……ニーズというのは実に奥深いものだ。

 そこで LEDを製造するフィリップス社は、LEDによる "Lighting as a Service(LaaS)"、「光をサービスとして提供する」 サービスを打ち出した「道具立て」 としてセンサーやサーモスタットを用い、遠隔地から照明器具の状況、日照時間やその場所の明るさ、場所の使用状況、LEDの稼働時間、温度などの環境条件をデータとして収集し、状況に応じて照明のオンオフと明るさを制御する。

 それにより、電力コストや CO2排出量を削減する。 さらに蓄積した稼働時間データや環境条件の情報から機器の寿命を予測し、予防保全や迅速な修理にもつなげている。実際の事例では、68%の電力削減をワシントンDCの交通局において実現予定である。

 結果、フィリップスの LEDの受注確率を上げるとともに、保守などのサービスフィーの取り込みにも寄与している。「LED照明の製造販売」から「光・明るさを適切に提供し、電力コスト・保守コストの削減」へと進化しているのである。

 すなわち、いま満たしているニーズ以上の、その向こう側にある「本質的な顧客ニーズ」 をどこまで切り取り、既存の技術やしかけでそれをどのように満たし、どうマネタイズするか、ということが大きな問いなのである。

 これこそ「カスタマー・ハッカー」コンセプトの出発点だ。顧客の本質的なニーズを"ハック"する、ということであるが、"ハック"とは何も悪い意味ではない。もともと「システムの動作を解析し、プログラムを改造・改良する」行為を指す。

 昨今「グロース・ハッカー」や「ライフハック」 ということばを耳にするように、そもそもそういった意味に所以する。要は「カスタマー・ハッカー」とは、センサーなどのさまざまな道具立てを使って顧客の本質的なニーズをあぶり出し、同様に新しい道具立てを使って新たなビジネスを構築することであり、この本質的な顧客ニーズの定義に立脚している。

 「道具立て」といっているが、昨今ではさまざまなものが出てきている。センサーやサーモスタットに限らず、ドローン、3Dプリンタ、ウェアラブル端末、ロボット、クラウド、エッジサーバ、データ解析技術、フィンテックなど枚挙に暇がない。

 この「道具立て」と「本質的な顧客ニーズ」 を組み合わせて、先ほどのフィリップスの例のような新しいビジネスモデルへと組み上げていくわけだ。要は、本質的な顧客ニーズの"ハック "+道具立て+新しいビジネスモデルへの組み上げ、この3つをうまく最適化することである。(図A参照)

 これが実現できれば、メーカーにとってはとてつもないメリットがもたらされる。

 収益源の多様化。モノ売りによる一回きりの収益から、ストック的・永続的な収益モデルをも構築できるということである。LED照明器具を 5千円で売って終わりなのでなく、電力コストも取り込みながら最適化することで、削減分の一部を永続的に享受することができる可能性がある。

 顧客の囲い込みと高い参入障壁。現在そのような形で価値提供する競合がおらず、かつ顧客のスイッチングコストも高くなるため、スイッチがおきにくくなるというメリットをもたらす。すなわち、顧客にとってのサプライヤーではなく、ビジネスパートナーへと進化することができる。

 顧客ニーズの更なる深掘り。LEDの例で言えば、顧客のエネルギーコストのマネジメントや調達分野などに出て行くという広がりも考えられるようになる。

 捉えてきた既存の顧客ニーズにとどまらず、モノ売りにも拘泥せず、ビジネスモデルの進化によって、新しい事業をしかけていく。これこそが「カスタマー・ハッカー」コンセプトなのである。

●3、「カスタマー・ハッカー」コンセプトはすでに鳴動している

 このコンセプトは、それぞれのケースで名前は違えど、すでに日本国内においても動き始めている。特に提供している製品がさまざまな機能を付加しうるマシンであった場合には、カスタマー・ハッカーはより実現性を増す。

KOMATSUのスマートコンストラクション

 KOMATSUの建設機械にはKOMTRAXという機械稼働管理システムが装備されており、どの機械がどの場所にあって、エンジンが動いているか、燃料がどれだけ残っているか、昨日何時間仕事をしたか、すべてが KOMATSUのオフィスで分かるしくみがある。

 これによって、機械または燃料の盗難防止、迅速な故障対応・メンテナンス、運転指導など、さまざまな付加価値をKOMTRAXによって実現している。これはカスタマー・ハッカーの初期版ともいうべきものだが、KOMATSUはこれでは終わらない。スマートコンストラクションという新しいカスタマー・ハッカーのモデルを築きつつあるのだ。

 スマートコンストラクションとは、ICTを積んだ建設機械、ドローン、施工情報の3D化によって、工事効率の向上サービスを提供する。

 ドローンで地形データを計測し、施工完成図面を3D化し、掘削・精緻作業を機械に読み込ませ、作業を半自動化。非熟練者でも複雑な作業が行える。自社開発のステレオカメラで他社製の建機の状況をも把握でき、作業を大幅に効率化する。

 サービスフィーは、削減できた工事コストの約半分を徴収する。これはまさに、「作業の効率化を通じて工期を順守・短期化し、コスト削減を狙いたい」という、いままで捉えてきたもの以上の本質的な顧客ニーズを突くものだ。そのために自社開発の KOMTRAXやステレオカメラのみならず、ベンチャー企業のドローン技術を取り入れたり、外部人材を登用したりと、自前主義にこだわっていない。

 その先の本質的なニーズを満たすための道具立ては世の中に存在するのだ。典型的な「カスタマー・ハッカー」 コンセプトを体現していると言える。

クボタのKSAS(クボタスマートアグリシステム)

 同様にクボタも、田植え機やトラクタ、コンバインといった農業機械を提供するにとどまらず、農業関連情報の詰まったクラウドやセンサーなどを用いることで、作業の効率化、在庫調整、収益の最大化を支援するKSAS(クボタスマートアグリシステム)を打ち出そうとしている。

 具体的にはこうだ。KSASのクラウドには各種情報が蓄積されており、それに基づいて田畑毎の収量や食味・水分などを確認し、必要な施肥計画をつくりあげる。その裏側には、水分やたんぱく質測定技術があり、必要な最適肥料量を導きだすしかけだ。

 また、施肥計画に基づいて、作業者のモバイル端末に機械稼働計画が伝えられ、作業を行う。田畑にどれだけの肥料がまかれたのかが分かり、結果としてどれだけの収量や食味であったのか、データとして蓄積される。さらには、市場の需要動向を見ながら、いつ刈り取れば収益が最大化するのか、在庫量が適切に保たれるのかまで、レコメンデーションが飛ぶのだ。

 これもまさに「機械を売る」ということからジャンプし「農家にとっての収量や販売利益を最大化する」という深いニーズにアドレスしたものだ。これによりクボタは、自社選好性を向上させることに取り組んでいる。

 2社の例をみてきたが、彼らは戦う領域を顧客側へ大きく拡大している。その領域は、これまでよりもずっと深い本質的な顧客ニーズに立脚している。そのために必要な道具立てを揃えて、新しい戦い方を模索しているのである。

●4、「カスタマー・ハッカー」コンセプトの導入及び構築方法

 あなたの会社がメーカーであればなおさら、こういったコンセプトを考えるべきである。 なぜなら、これからのメーカーは「モノ売りから脱却し、顧客のビジネスパートナーとしての地位を確立」すべきであり、「従来よりもはるかに高い参入障壁構築による、顧客の囲い込み、収益の多様化」 を目指すべきであり、また 「顧客ニーズ、技術進歩、競合他社の取り組みから考えて絶好のタイミング」だからだ。

 このコンセプトを具現化するには、本質的な顧客ニーズの"ハック"+道具立て+新しいビジネスモデルへの組み上げ、この3つをうまく最適化することにある。

「本質的な顧客ニーズの "ハック"」

 すでに分かっているよ、と言う方々も多いであろう。日々顧客に接しているのであるから。しかし果たしてそうだろうか。 既存の価値提供領域の中で、四苦八苦していることが多いのではないだろうか。

 既存領域のその向こうに思いをはせたとき、本当に顧客が求めているものはなんだろうか。 それを適切に切り取ろうとした場合、どんな本質的な顧客ニーズ "群"があらわれるだろうか。

 これまで紹介したカスタマー・ハッカー事例は、必ずしも「本質的な顧客ニーズ」から出発したものばかりではない。KOMTRAXは、保守や運転指導サービスをはじめから意識して導入されたものではない。泥棒されないためだった。あるいはGPSやセンサーと言った道具があるからなにかすごいことができるんじゃないか、という発想だった。しかしそれが発展し、いまやスマートコンストラクションという新しい高みにまで上ってきている。

 道具立てがさまざまに出てきているいまだからこそ、本質的なニーズから出発すべきだといいたい。「工期の短縮」「収量の最大化」などという、メーカーからは飛んだ発想を現実的に考えていくべきだ。

「道具立て」

 そしてそのニーズにおいて、どんな情報を取得すれば、ニーズ顕在化ポイントが分かり、その情報を取得するには、どんな道具立てを活用すればいいのかを考える。 同時に、そのニーズを満たすには、どのような道具立てを活用すればいいのかを考える。(図E参照)

 いまや道具立ては豊富だ。自社マシンに取り付けるべきものもあれば、それとは別に独立的に活用できるものもある。そしてそれは自前主義的である必要はない。

「新しいビジネスモデルへの組み上げ」

 本質的なニーズと必要な情報を特定し、そのための道具立ても揃え、ニーズを充足するしかけを整えた。そのあとは、どのようなマネタイズモデルを組み上げるか、である。これにはいくつかのパターンがある。

 例えば、次世代メンテナンスの世界ですでに一部実現されているように、製品販売+メンテナンスの両方で受注する形態や、アベイラビリティペイメント(稼働可能時間に対する課金)のような形もありうる。 航空業界のエアロエンジンのように、Paid By The Hourのような実際に稼働した時間に対して課金するというモデルもある。

 これらは、センサーなどによって故障タイミングが分かったり、製品を壊れにくくする方法が分かったりするとさらにメンテナンスコストが下がるため、より利益を享受できるマネタイズモデルである。

 また KOMATSUのように、当該サービスによって顧客のコストを低減させることができれば、それに応じて低減インパクト額を折半するという形もある。あるいは、このサービスで得られたデータを他社販売・コンサルティングするという形も想定できる。

 こういったマネタイズモデルと同時に、他社活用をどのように行うかについてもビジネスモデルを組み上げる際には重要である。自社にはない機能を洗い出した上で、適切なパートナーリスト候補を挙げ、組みやすい相手を選定するのである。

●5、おわりに……新しいビジネスモデルを恐れない

 ローランド・ベルガーでは現在、とある製造業のクライアントとともに「カスタマー・ハッカー」コンセプトの具体的なサービスモデルを構築中である。

 本質的な顧客ニーズ、道具立て、ビジネスモデル、そして必要なパートナー選定も含めて、二人三脚で推進中だ。そのときに重要なのはやはり「本質的な顧客ニーズの "ハック"」で筋のいいオプションを構築できるかである。

 ここが信じられなければ絵に描いたもちになる。時間をかけて、慎重かつ大胆に、発想を広げていかなくてはならない。そのためには顧客のニーズマップを丹念につくっていくことが大事だ。「顧客の顧客」のことを知る必要があるのだ。

 大きな難関は、新しいビジネスモデルに取り組むことに対する抵抗感・恐れをいかに取り払っていくかである。このまま成り行きで進んだ場合の「ホラーストーリーの提示」や、このビジネスが生み出すであろう 「想定事業規模の提示」などは、当然一助にはなろう。

 しかしなによりも、「新しいことに対する挑戦」の高揚感を関係者に味わってもらうことが一番なのではないかと、筆者は思う。

 日本のメーカーが世界の舞台で新たなステージに立つことを、心から切望している。

(中野大亮)
(ITmedia エグゼクティブ)

最終更新:7月25日(月)8時30分

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