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<特別連載>ミャンマーのロヒンギャ問題とは何か? (3) あやふやなミャンマー理解がロヒンギャ把握を困難にした 宇田有三

アジアプレス・ネットワーク 7月25日(月)10時55分配信

これからこの「ロヒンギャ問題」の背景を説明しようと試みるのだが、問題が複雑なため、途中で訳が分からなくなってしまう恐れがある。そのため、結論を先取りして、次のようにまとめてみた。

【関連写真を見る】 <ミャンマー>フォトジャーナリスト・宇田有三報告(4)反イスラームの僧院で

●「ロヒンギャ問題」とは、およそ半世紀続いた軍事独裁政権のミャンマーにおいて、上座仏教徒が多数派を占める社会で、時の軍事政権がその権力基盤を強化するため、人びとのイスラームに対する差別的な潜在意識を刺激して作り出した政策の結果生まれた問題である。
その差別政策の結果が長年放置され、この問題が宗教迫害や「民族紛争」と伝えられるようになってきた。

●ミャンマーを長年取材してきた私の経験からいえることは、ロヒンギャたちが望んでいるのは、「ロヒンギャ民族」と呼ばれることではなく、ムスリムとしてのアイデンティティを持った人として、安心して暮らすことである。

つまり、このビルマ軍政下で引き起こされてきた「ロヒンギャ問題」は以下の2つを含んでいる。

(1)今すぐに対処すべき、人命を脅かしている現在進行中の差別政策にどう対処するのかという「ロヒンギャ問題」

(2)ムスリムであるロヒンギャたちは何者であるのかという議論を端緒にして、軍政下でロヒンギャに関する様々な情報や噂が広がり、その結果発生した問題にビルマの国内外の関係者(援助関係者・メディア・政治家など)が適切に対応できなかった<「ロヒンギャ問題」の問題化>である。

「ロヒンギャ問題」を語るとき、この(1)と(2)がごちゃまぜになってしまい、問題が複雑になってしまった。

ミャンマーを取材して23年間、軍政時代からいわれてきたこの国の問題は「民主化問題」よりも「民族問題」(「似非民族問題」)であったことを今一度、思い起こしてしまう。

これから、その「ロヒンギャ問題」を書き記すにあたって、まず(2)から説明を始めたい。というのは、(2)の理解がないと「ロヒンギャ問題」をより的確に把握できないからである。

以下、<「ロヒンギャ問題」の問題化>について、歴史と文化問題が絡み合う関係で話が複雑になってしまう。そのため、これまで私が報告会などで受けた質問を元に、Q&A方式で説明していくことにしたい。

Q. どうして「ロヒンギャ問題」が正確に伝えられてこなかったのですか?
A. ミャンマーは2011年3月に民政移管するまで長らく軍事独裁国家でした。そのため国内では厳しい情報統制が敷かれていたのです。しかも2011年の民政移管は事実上、前の軍政の幹部が実権を握っていたのです。2015年にアウンサンスーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)が総選挙で大勝し、2016年3月に政権に就くまで、軍政による情報統制の負の遺産を引きずっていました。

その後、ミャンマーにまつわる “あやふや“ な情報は、残念ながら修正されずに残ってきました。外国メディアは、その中でも日本のメディアは、いったん報道した内容をそのまま踏襲して現在に至っている、ということです。

Q. 例えばどのような “あやふや“ な情報の例があるのですか?
A. ミャンマーが軍事独裁国家という場合、軍事政権という点が注目され、この国は独裁国家、つまり独裁者が存在していたということはあまり知られていません。軍政後期のミャンマーには、実はタンシュエ上級大将という独裁者がいましたが、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)、イラクのサダム・フセイン、リビアの「カダフィ大佐」のように国際的に認知されてきませんでした。

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最終更新:8月1日(月)15時25分

アジアプレス・ネットワーク

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。