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【千葉魂】 福浦、亡き恩師のために 野手転向勧めてくれた山本氏

千葉日報オンライン 7月26日(火)13時24分配信

 「頑張ってこいよ!」。その時の声と光景は今も鮮明に思い出すことができる。1997年7月5日。福浦和也内野手が初めて1軍昇格をしたプロ4年目のことだ。その前夜、1軍から急な招集がかかり、デーゲームに間に合うようにと朝一番の早朝便で2軍の遠征先の秋田から羽田空港に移動することになった。まだ外は薄暗く、誰もが眠っているはずの時間帯。一人、宿泊ホテルでチェックアウトを済ませたくさんの荷物を抱え、出発をしようとすると、ロビーには2軍監督の姿があった。驚いた。そしてその優しさが、身に染みた。力強く肩をたたかれ、若者はタクシーに飛び乗った。手を振り、姿が見えなくなるまで見送ってくれた。活躍を約束し、初めて1軍に合流したあの日から長い月日が流れた。当時、2軍監督を務めた山本功児氏は2016年4月23日、64歳で、この世を去った。そして初の1軍に興奮し、ほとんど寝ることもできずに旅立った若者は今や40歳になり、マリーンズの大ベテランとしてチームの精神的支柱となっている。通算2000本安打の大記録まで、あとわずかなところに迫っている。

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 「今の自分があるのは山本さんのおかげ。本当に恩人。思い出はありすぎるよ。よく怒られたし、打撃でも守備でもいろいろと指導をしてもらった。なによりも投手から野手への転向を勧めてくれたのが山本さんだからね」

 ある日の練習の間。福浦は空を見上げ、若い選手相手に遠い昔を振り返った。原点は、投手として入団をした1年目のことだ。2軍キャンプが終わり、浦和球場に戻った時、当時は2軍打撃コーチをしていた山本氏に声を掛けられた。「打撃の才能がある。野手をしてみないか」。最初は冗談だと思い、愛想笑いでごまかしていた。だが、目が合うたびに何度も声を掛けられ、いつしか本気だと知った。「オレはピッチャーをやりたかったから、断り続けていたよ」。しかし、最後はその熱意に押された。練習の合間の休憩時間に、試しにと打撃ケージ内で打った。それをじっと観察していた2軍首脳陣はその後、決断を下した。福浦和也は投手から内野手となった。プロ1年目のオールスター休み明けから本格的な野手としての日々が始まった。

 「とにかく練習をした。山本さんに、させられたというのが正しいけどね。あの時は毎日、朝から夜まで本当にバットを振った」

 プロ野球は2軍とはいえ、投手から転向したばかりの打者がすぐに通用するほど甘くはない。本人が振り返るようにひたすら練習の日々が始まった。チーム全体練習前に朝練の特打。試合後も特打。寮に戻ってもバットを振った。遠征先での試合を終え、ヘトヘトに疲れて寮に戻ってきた際も室内での特打を命じられた。休日もバットを振った。野手としての遅れは歴然。少しでも一人前になるべく、悔いを残さないように、とにかくバットを振るしかなかった。そして、その側にはいつも寄りそう山本氏の姿があった。

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 「最近は連絡を取る機会も少なくなっていた。電話では何度かお話をしたけどね」

 訃報を耳にした時、大きなため息をついた。そして数えきれない思い出を振り返った。強烈に残る山本氏の記憶が福浦にはある。1軍監督退任が決まった03年10月12日のシーズン最終戦。本拠地マリンでの試合には3万人の観衆が詰め掛けた。オリックスに5-1で勝利。試合後、「山本マリン」の地鳴りのようなコールが響き渡った。選手たちは当初の申し合わせ通り、ユニホームを脱ぐ監督を胴上げしようとした。しかし、山本氏は固辞した。強く断った。そして選手たちの輪の真ん中で「胴上げは優勝をして、次の監督にやってあげてくれ。ありがとう!」と涙ながらに頭を下げた。その光景が頭から離れない。それから2年後の05年。マリーンズは日本一になり、ボビー・バレンタイン監督が宙に舞った。山本氏の下で鍛えられた選手たちが躍動し、その思いが現実となった。歓喜の瞬間、山本氏の誰にも負けないマリーンズ愛を思い出した。そして今、福浦はその意志を引き継ぐように、マリーンズへの熱い思いを胸にグラウンドに立っている。

 「あとどれくらい、現役があるかは分からないけど、オレの野球人生の最後まで見届けてほしかった。今は寂しい思い。天国で見守ってほしい」

 福浦は7月13日に1軍昇格をした。そして杜の都・仙台での22日のイーグルス戦。今季初ヒットを含む3安打2打点で、2000本安打の大記録に一歩、前進した。その打撃は山本氏と二人三脚で特打を繰り返したあの時の練習が土台となっている。ここまでの道をつくってくれた亡き恩師の思いと優しさに報いるため。そして山本氏が愛したマリーンズのために背番号「9」はバットを握り続ける。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)

最終更新:7月26日(火)13時24分

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