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乾繭相場で200億円の損失 参謀に人を得なかった悲劇の勝負師 寺町博(下)

THE PAGE 7月30日(土)11時0分配信 (有料記事)

 エンジニアで実業家の寺町博は、投資家としても広く知られていました。株式の次いで投資の対象にしたのが商品相場でした。

 小豆、粗糖そして乾繭などの相場にのめり込み、商品取引会社までも買収してしまう始末。資金力では寺町の右に出る者はありませんでしたが、唯一欠けていたものとは何だったのでしょう。市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


商品取引会社を買収するほどまでに、相場にのめり込む

 寺町博が世紀の大敗を喫する乾繭(かんけん)の思惑買いをスタートさせるのは1993(平成5)年3月のことだ。寺町は当時、株取引で自ら社長を務めるTHK社に86億円という巨損を計上していた。株の損を乾繭で取り戻そうという魂胆だったかも知れない。

 寺町が買い始めたときは1キロ当たり2000円(前橋乾繭取引所、先限)そこそこで低迷していた。最初は寺町の思惑通りの展開で、あっという間に3000円を突破、4月に入ると4000円台に乗せる。5月7日には4640円と新高値をつける。このころには買い玉も1万枚を超し、2万枚に迫る。

 寺町の乾繭買い占め作戦は週刊誌の察知するところとなり、週刊新潮が「マユ相場暴騰の仕掛人『寺町博』の大バクチ」と題する特集を組む。その中で大手商品取引会社幹部がこうコメントする。

 「寺町さんは小豆相場で大穴を開け、自分の会社から追放された後も、たびたび商品相場に手を出していましたよ。6年ほど前には粗糖(精製前の砂糖)に買い出動して失敗。10億円くらい損をしています。まぁ、その程度はダンナ衆の手なぐさみの遊びだったのでしょう。ところが、今度は前オーナーの相場の失敗から経営危機に陥っていた『フジフューチャーズ』という商品取引会社を買収、オーナーに収まったんです。すると、その直後の3月から乾繭相場に買い出動。THKの資金力をバックに“のるかそるか”の大勝負に出たんです」(93<平成5>年7月15日号)


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最終更新:8月19日(金)17時59分

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