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倒産「牛丼太郎」元社員、「丼太郎」で挑む復活の日々 看板の「牛」にテープ、仲間4人で切り盛り

withnews 7月28日(木)7時0分配信

 かつて存在した「牛丼太郎」という牛丼店チェーンをご存知でしょうか。1杯200円の安さ、BSE流行時にも採算度外視で牛丼を出し続けるといった、個性的な経営で東京都内に約10店舗を展開。人気漫画「めしばな刑事タチバナ」でも紹介されるなど、コアなファンを獲得しました。ところが大手チェーンとの競争に敗れ、3年前に倒産してしまいました。この「牛丼太郎」が、復活を遂げる可能性が出てきたというのです。そのカギを握る1軒の店を取材しました。

【画像】看板にテープ、うっすら「牛」の字…「丼太郎」に残る「牛丼太郎」の面影

「牛」の文字をテープで隠す

 東京メトロ・茗荷谷駅(文京区)。駅前を歩くと、すぐに「牛丼激戦地」が見えてきます。

 約50メートルの間に牛丼店が3軒。「なか卯」と「松屋」が隣り合い、さらに赤い看板に「丼太郎」と書かれた牛丼店が並んでいます。この聞き慣れない名前の店、のぞいてみるとカウンター20席が仕事帰りのサラリーマンらで埋まり、なかなかのにぎわいです。

 食券の券売機に書かれた、牛丼並の値段は290円。なか卯より60円、松屋より90円安い。さらに、カレー(並270円)や納豆丼(並220円)など低価格メニューが並びます。

 店先の看板は故障していて、夜になっても光りません。夜闇に包まれると、まるで目立たなくなります。

 さらによく見ると、丼太郎の看板は、先頭の文字が赤色のテープで覆い隠されています。隠された文字は「牛」。この看板は倒産した「牛丼太郎」のものを、そのまま使っているのです。

「続けて欲しいというお客様多かったから」

 丼太郎の運営会社「丸光」の佐藤慶一社長(51)は、調理の合間に「商品には自信を持ってたし、店を続けて欲しいというお客様も多かったからね」と語ります。

 牛丼太郎の倒産が決定的になった2012年7月、佐藤さんたち社員3人で「丸光」を立ち上げました。佐藤さんは元工場長、ほかの2人も店舗運営部長や経理部長の経験があります。

 牛丼太郎は1970から80年代に、吉野家で副社長を務め、創業期の松屋で顧問も務めた「牛丼界のカリスマ経営者」が率いていました。

 2000年ごろには大手チェーンの価格競争に真っ向から挑み、一時は牛丼1杯200円まで値下げ。

 さらに、03年にBSE(牛海綿状脳症)が発生し米国産牛肉が不足したときには、大手が次々と販売を停止するなか、豚肉を混ぜることで牛丼販売を続けました。しかし、店内で「当店の牛丼には、豚肉も使用しています」と告知したところ、来店者から不満の声が続出。
 
 そこで、今度は高価な国産牛肉に切り替えて、牛丼販売を頑なに続けました。「うちは牛丼屋だから、牛丼を売らないと」。そんな経営者の思いからだったといいますが、値段は変えなかったため、利益が激減した捨て身の策でもありました。

 こうしたカリスマ主導の経営が破綻したのを見て、佐藤さんたちは「今度は仲間で相談しあいながら、店を作れないか挑戦したい」という気持ちが湧いてきたといいます。「レシピや運営ノウハウは、3人の頭にみんな入っている。力を合わせれば、何とかやっていけるだろうと考えました」と振り返ります。

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最終更新:7月28日(木)16時28分

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