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Intelモバイル撤退の真相 ――“ARMに敗北”よりも“異端児SoFIA”に原因か

EE Times Japan 7月28日(木)11時47分配信

 『Intelの広報担当者は、「これまでSoFIAとBroxtonに充ててきたリソースを、より高い利益率と戦略の進展とを実現可能な製品へ移行させていく考えだ」と述べている。』

【『図4:Bay Trailと発表当初の22nm版SoFIAのチップ写真比較』などその他の画像】

 上記の1文は、2016年5月6日に掲載された記事「インテル、モバイル事業を廃止」の一部から抜粋したものである。Intelは2016年、Atomプロセッサを搭載するモバイルプラットフォームの開発を停止すると発表した。大々的にニュースとして報じられたので多くの方もご存じだろう。このニュースを受けて、「Intel、ARMに敗北!」「さすがにIntelもQualcommには勝てなかったかぁ」など、多くの声が聞かれた。

 実際に、モバイルプロセッサ分野ではIntelは大きなスコア(性能指標)を得ることができなかった。このことが2007年以来、主力プロセッサ「Coreシリーズ」に続く“第2のコア”(下位シリーズ)として育んできたAtomの事業に急ブレーキがかかったことは間違いない。

 Atomは、「atom=原子」という意味合いが込められた、極小のコアを持つインテル独自のCPUの名称である。Intelは、スマートフォンが市場として開花する前の2006年、第5世代ARMアーキテクチャ(ARMv5)ベースのマイクロプロセッサビジネス※)をMarvell Technologyに売却。その翌年、2007年に低消費電力の極小コアをAtomとしてリリースした経緯がある。

※)Intelは1997年にDEC(Digital Equipment Corporation)からARMベースのマイクロプロセッサ「StrongARM」に関する事業を買収し、「Xscale」の名称に変えて開発、販売を行っていた。

■期待を背負ったAtomを襲った誤算

 Atomコアは、来るモバイル時代の低消費電力コアとしてIntelは大きな期待を寄せていた。当時、IntelはAtomの大々的なキャンペーンを繰り広げ、AtomはネットブックやノートPCに次々と搭載されていった。しかし、大きな誤算は、スマートフォン、タブレットの誕生、そして急速な普及であった。

 後手に回ったIntelはAtomをスマートフォンに搭載すべく、Infineon TechnologiesのベースバンドLSI事業を買収し、情報処理プロセッサのAtomと通信チップ「X-Gold」をチップセット化した。さらにIntelはGoogleとAndroidに関する提携も行った。これでハードウェアとOSの駒はそろったわけだ。そして、LG Electronics、Lenovo、XOLO(インド)などがIntelのAtomベースのモバイルプラットフォームを採用した。Qualcomm、MediaTekなどの牙城に挑む上では、上々のスタートであった。

 しかし、IntelのモバイルプラットフォームとしてのAtomは当時、話題にこそなったものの、優れたスコアを残すには至らなかった。その原因は「電力性能不足」とも「プラットフォームとしての完成度の低さ」ともいわれた。Intelは当代トップの垂直統合型半導体メーカー(IDM)である。高性能なプロセッサを作るための技術はずぬけていた。しかし高性能は、電力性能には相反する。クルマのパワーと燃費の関係と捉えてもらえば分かりやすいかと思う。

 結局、Atomは、消費電力が大きいことがネガティブに扱われた。それに対応すべくIntelは、モバイル向けの低消費電力プロセスを開発する。ゲート酸化膜や配線層の厚みを変えて、性能に直結する動作周波数ではなく、電力性能を追求したプロセスを仕上げた。しかし、いわゆる“ほぼ完成品”のチップセット/レファレンスボードを強化するQualcomm、MediaTekを脅かすには至らない。

 それでもIntelはInfineonから買収したベースバンドLSI部門に引き続き「モバイルプラットフォーム」の開発を継続させた。M&Aのあるべき姿である。ポートフォリオの拡充のためのM&Aであったからだ。しかし、一向にスコアは上がらない。

■2015年、SoFIAプラットフォームが誕生

 そして、2015年、Intelはモバイル事業継続のために成長著しいRockchipなどの中国半導体メーカーとの提携に踏み切った。そして、提携したRockchipとともに「SoFIAプラットフォーム」を発表した。

 図3は、Intelが公表したSoFIAプロセッサ(SoFIAは開発コード名で、正式名称はAtom X3/5/7)の図面である。この図面には2つの大きな情報が書かれている。1つは、SoFIAで使われるプロセステクノロジーが「28nm」であるということ(図3の緑矢印1)。インテルは45nm、32nm、22nm、14nmの製造ラインを持っているが、28nmの製造ラインは持っていない。すなわちSoFIAは外部工場製ということになる。SoFIAが売れてもIntelの自社工場の回転率は上がらないということだ。

 さらにSoFIAプロセッサのチップ図面を詳しく見ていこう。図3右上に紺矢印2で示したチップ図面は、発表当初のSoFIAプロセッサだ。もう一方の左上赤矢印3で示したチップ図面は、実際に発売されたSoFIAプロセッサ(AtomX3/5/7)の図面だ。右と左を見比べると、明らかに形状が異なっている。図3右は、それまで見慣れていたAtomコアが見受けられるが、図3左には見当たらないのだ……。

 より詳しく説明するため図4を示す。

 図4左は、SoFIA 発表前に出荷されていたAtomプロセッサ「Bay Trail」(4コア、22nmプロセス採用)の図面である。そして図4右は、先ほどの図3右のSoFIAプロセッサ(発表当初)の図面を平面化したものだ。分かりやすくするためともにCPUコア部分のみを着色した。明らかに同じ形状のデュアルコア構成のAtomコアが使われていることが分かるだろう。

 しかし、実際に発売されたチップは、22nmプロセスでもなく28nmプロセスを使い、見慣れたAtomコアも搭載していない図3左(赤矢印3)のチップだったのだ。果たして、何が起こったのだろうか!?

■“何らかの事情”

 これまで紹介してきたチップ図面を見る限り、当初Intelは自社工場の22nmプロセス製造ラインでSoFIAプロセッサを生産する予定だったと推測される。しかも、恐らく実際に設計し製造まで行ったようだ(この件に関する詳細は次回に紹介する)。しかし、“何らかの事情”で急きょ、方針を切り替えて、28nmのSoFIAプロセッサを開発することになったのであろう。

 “何らかの事情”としては、「Intelの22nmプロセスではコストが合わなかった」「電力性能が満たせなかった」「旧Infineon部門では手に負えなかった」などさまざまな理由が思い浮かぶ。あるいは22nm版開発チームと28nm版開発チームを並行させて競わせたという推測も成り立つだろう。

■28nm版SoFIAのCPUコアは何者か?

 では、実際に発売された28nm版SoFIAのCPUコアは、何なのだろうか? Bay Trail と同じAtomコアを搭載する22nm版SoFIAと、28nm版SoFIAのCPUコア部を拡大して、見比べていこう。

 22nm版のAtomコアは手の込んだデータパスという手法を用いたコア形状となっている。一方、製品化された28nm版SoFIAのCPUコア部は「シンセシス設計」と呼ばれる論理合成&自動レイアウト手法を用いた結果になっている。Atomコアを機能記述にして、シンセシス設計で作った可能性が高い。だが、ひょっとすると「Atomではない別のコア」が使われている可能性さえも思い浮かんでしまう……。なぜかというと、シンセシス設計こそが、ARMコアの成長の原点だった。そのシンセシス設計に合わせて、IntelがAtomコアを作り直した可能性は十分にありうる話だろう。

 自社に製造ラインがない28nmプロセスの採用に加え、それまでのAtomとは異なるシンセシス設計のCPUコアを用いたSoFIAは、それまでのIntel製品とは全く異質のものになっている。いわば、競合のARMコアと全く同じフィールドで開発されたわけだ。

 そして、SoFIAは、ARMコアで動作するAndroid 5.0以上のOSに対応した――。

■“SoFIA”の末路

 しかしながら結果的にSoFIAは、ARMコアを採用するQualcommやMediaTekを追撃し、キャッチアップするには至らなかった。この事実こそが撤退の最大の理由といえるだろう。しかし同時に、従来のインテルの開発手法と異なり、かつ、自社工場の回転率を上げるわけでもないSoFIAプラットフォームを「異物」として扱い始めていたのではないだろうか。だからこそ、2015年のRockchipなどとの提携に及んだのではなかろうか。Intelは最初、中国メーカーに事業売却を持ちかけていたかもしれない。そう、“異物であるSoFIA”を中国に押し付けてしまえと……。

 Intelは今なお巨大なIDMである。自社工場の稼働率を高め、その上で価値を創生し、売り上げを確保する製品こそが、“正統的なインテル・チップ”である(ファブレス以外のメーカーにとってこの考え方は当然のこと!!)。

 そうした中で、Intelが2000年以降、何度もトライした通信チップの獲得はあくまでも、“正統的なインテルプロセッサ”という「主役」の売り上げを拡大するための「脇役」にすぎなかったのではなかろうか。ゆえに、買収した事業部門に自社工場の活用を強要しなかったと、思えてならない。

 以上は、Intelの発表資料やチップ観察から得た情報をつなぎ合わせた仮説である。しかし、この仮説が正しいと言わんばかりに、Intelは、まるで「異端児」を追い払うかのようにSoFIAプロセッサからの撤退を宣言した。

 そう考えると、SoFIAからの撤退理由は「ARMやQualcommに敗北したから」ではなく、正統なインテル・チップとは呼べない「異端児」「異質の厄介者」を追い払っただけなのかもしれない。

 次回(2016年9月下旬掲載予定)はIntelのボードPC「Edison」と、AppleとともにIntelが開発したインタフェース「Thunderbolt」について言及したい。これもIntelにとって「異質」の存在であったからだ。

最終更新:7月28日(木)11時47分

EE Times Japan