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《白球の詩》祖父との誓い 次章へ 伊勢崎清明・岡本卓也投手

上毛新聞 7月28日(木)6時0分配信

◎健大の壁、越えられず

 健大高崎を倒して甲子園に行く。それがチームの誓いだった。昨秋、今春と上位進出を阻まれた宿敵に、もう負けられない。自身の誓いを果たすため越えるべき壁でもある。「そう約束したから」、走られても打たれても抑えてチームを勝たせる。右腕を振り続けた。

 子どもの頃、「じいちゃん」の膝の上で野球中継を見るのが好きだった。自宅近くに住む祖父の輝男さんは大の巨人党。当時活躍していた松井、上原、仁志、二岡…。物まねをすると、手をたたいて喜んでくれた。「それがうれしくて何度もやったんです」

 本当は野球より、じいちゃんの方が好きだったけれど、いつの間にか自分も巨人ファンになり、小学2年生の時に地元の学童チームに入った。中学生になると「ユニホームが巨人に似ているから」と硬式野球の高崎中央ボーイズに。「卓也が“巨人”のユニホームを着る」。輝男さんも大喜びで、試合に駆けつけては昔のように手をたたいてくれた。

 練習帰り、グラウンドと自宅の間にあった輝男さんの家に立ち寄っては、あれこれと野球談議をした。「一番気の合う孫だったんじゃないかな」と母の靖美さん(52)。週末には一緒に焼き肉や回転ずしを食べに行って、また盛り上がった。

 そんな日々が途絶えたのは4年前の夏。輝男さんの肺にがんが見つかった。入院、手術、再入院―。「あっという間」(靖美さん)の闘病生活の末、併発した肺炎で亡くなった。中学3年生だった。「卓也、高校生になったら、じいちゃんを甲子園に連れて行ってくれよ」「分かったよ。だから元気でいてよ」―。息を引き取る前日のやりとりが最後になった。

 「野球が強くて、勉強で大学に入れる公立校」。両親が考えた条件に合ったのが伊勢崎清明だった。ボーイズ時代に目立った成績はなく、最初はどちらかと言えば進学を考えた上での選択だった。それが、入学した夏にチームは初めて決勝へ進み、昨年も8強。自分もプロのスカウトが視察に来るまでに成長した。父の利之さん(61)が笑う。「本人も含めて家族みんなで驚いています」

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最終更新:7月28日(木)6時0分

上毛新聞