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日本の大富豪(4)原点はGHQ通訳に 日本マクドナルド創業者 ── 藤田田

THE PAGE 7月31日(日)8時0分配信

 藤田田氏は、日本マクドナルドの創業者です。自ら銀座のユダヤ人と称し、お金儲けに関する哲学を記した著書はベストセラーにもなりました。

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 藤田氏の実業家としての原点は、東京大学在学中に行っていた、GHQ(連合国軍総司令部)の通訳のアルバイトにあるようです。藤田氏は通訳をしながら、GHQに勤務する米国人たちの人間関係をつぶさに観察。ユダヤ系米国人の徹底した合理主義に感銘を受けます。藤田氏は輸入雑貨販売店である藤田商店を設立し、すぐにビジネスに乗り出しました。しかし藤田氏の実業家としてのキャリアを決定的なものにしたのは何と言っても日本マクドナルドの創業でしょう。

 日本マクドナルドは、藤田氏と米マクドナルドの共同出資という形で1971年に設立されました。当初は第一製パンも資本参加していましたが、最終的には藤田氏とマクドナルド本社の合弁会社という形に落ち着いています。

 藤田氏が普通の実業家であれば、圧倒的な力を持つ米マクドナルドの言うがままに日本の事業も進んでしまった可能性が高いでしょう。しかし藤田氏は、米国人から学んだ合理主義と資本の論理をフル活用し、米国本社を相手に強気の交渉に打って出ます。結局、藤田氏は米国本社との折半という条件を勝ち取り、日本マクドナルドは日本主導で事業を展開することが可能となりました。これが藤田氏の巨万の富の源泉となったわけです。

 当時の日本はまだ貧しく、ファストフードとはいえハンバーガーは高級品でした。あえて藤田氏は銀座に出店し、客単価も高く設定し、高収益を心がけました。時代が変わり80年代に入ってハンバーガーが大衆化すると、今度は一気に低価格路線に舵を切り、店舗数を拡大させました。これによって同社は、競合のモスバーガーなどを一気に引き離し、外食産業の大手に成長したのです。

 藤田氏はその著書で自身のお金儲けの哲学を余すところなく披露しています。契約は絶対に守る、税金をあらかじめ考慮に入れる、お金に綺麗・汚いの区別はない、政府を過度に信用してはいけない、など実業家であるならば、必ず身につけておかなければならないものばかりです。

 創業者の藤田氏は2003年に引退し、2004年に78歳で亡くなりました。その後、藤田氏の株式持ち分はファンドなどに売却され、今に至っています。

(The Capital Tribune Japan)

最終更新:7月31日(日)8時0分

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